最強の臆病者
「莠耶って・・・」
「アルサム莠耶のことだろうな」
意識を失った佐倉の横に座り込む。ナルは佐倉の傷の様子を調べていた。
「聞いたことある」
「霊次とともに、殺戮をしてた奴だ。南の森にある廃城を見なかったか?」
「ああ、あの城の」
致命的な傷がないことを確認して、ナルは佐倉をそっと横たえる。
「・・・莠耶って、もう死んでるんだよね」
「そうだが?」
「その名前を呼ぶなんて・・・親しかったのかな」
「・・・仲良かったよ。あまり深く考えるな」
「仲良しだったのに、それを壊す密封禁忌って一体何・・・」
「考えるな」
知りたいことはたくさんあったが、ナルがあまりよい表情をしていなかったため・・・やめておいた。
「そういえば、蓮は?」
「その辺にいる」
「・・・気まずいなぁ」
「どうしてだ?」
「うーん、なんとなく」
「・・・呼んでくるわ」
「えっ、ちょっと」
「お前らが無事だって知らせてこないとな。あいつもあいつで心配してるんだろ」
そう言うと、ナルは城の外に歩いていった。
「う・・・」
「・・・佐倉?」
「・・・相馬・・・無事か?」
「うん、佐倉も意識が戻って良かった。傷はたいしたことないみたいだよ」
「そうか・・・」
佐倉はゆっくり身体を起こす。
「すまなかったな・・・いろいろと、黙っていて」
「大丈夫だよ、今は信じられるから」
「・・・ナルのおかげで、な」
「うん、助かった」
「あまり良い気分ではないがな」
「え、どうして?」
「・・・」
黙ってゆっくり立ち上がる。そこに、ナルと彼が戻ってきた。
「やー、まじでお前ら霊次倒しちゃったわけ?すげー」
「参戦しないとか・・・相変わらず自分の都合だけしか考えてないお気楽者だな。迷惑だから霊次と一緒に死ねばよかったのに」
「あらら・・・ごめんって」
蓮・・・本当に元気だな。一発殴りたい。
「んで、霊次が死んだのはあの辺か?」
「ああ」
「・・・蓮?」
「・・・」
床にしゃがみ、無言で手を合わせる。
それ、人間しかやらないと思うんですけど。
「これで合ってるだろ?」
「何だそれ?」
「なんで蓮が知ってるのさ・・・」
ナルは不思議そうに首を傾ける。蓮が笑う。
「人間界で死者を弔う方法。先代の王や秀様がやってて、教えてもらった。俺の周りの奴はよく死ぬからなー」
「笑えない」
「笑えない」
「蓮、それは本当に笑えない」
「・・・すまん」
しかし何だ。兄さんだけじゃなくて先代の王も日本出身の人間なのか?魔界って人間に支配されているのか?
「さて」
蓮が切り出す。
「帰るか」
「えっ!?」
「他にすることがあるのか?」
「いや、ないけど・・・」
なぜか、帰るのが惜しいような、この旅を終わるのが辛いような、そんな気分になる。緊張し、恐れた旅だったのに。
兄さん。
正直、どんな顔して会えばいいのかわからない。
あと、こんなぼろぼろの格好で王城に行っていいんだろうか。
霊次との戦闘のときを思い出す。
あのとき、俺は外にいた。近くもなく遠くもなく、まるで恋人になりたての二人のように微妙な距離を保って。
これが、俺の答えだった。
死ぬことは生まれたときから決まっていた。それがおそらく罪を背負っての死だということも、幼い頃から感づいていた。今更殺されることに恐怖など感じない。
だが、俺は怖れていた。
死ぬことじゃない。
失うことが、生きるにつれて怖くなる。
いっそ死んでしまいたいくらいに、怯えている。
だから、もう終わらせようとした。殺されざるをえない立場で、逃げずに、死のうと。それがこの旅だった。
だが、それですべて終わるのだろうか。みんな幸せになるのだろうか。
殺した奴、死なせてしまった奴、今を生きている奴も。
幸せには・・・なれないかもしれない。巻き込んでしまった以上、きっと、幸せにはなれない。
だから。
だからまだ逃げていようと。
それが、俺の出した答えだった。
卑怯と言われるかもしれない。
昔から知っている霊次、ナル。最近会ったばかりながら、ここまで共に旅してきた相馬、佐倉。
どんな捻くれた奴だろうと、どんな悪行をした奴だろうと関係ない。できることなら誰も失いたくない。
失うことと手にかけることは違う。だが。
誰の味方もせず、誰の敵にもならず、無関係な立場だと、自分に言い聞かせられる、そんな言い訳が・・・欲しかった。
関わった奴は死ぬ・・・そんな根拠も何もないことが、経験として、じわりじわりと俺の思考を蝕んでいく。
いつか完全な事実になってしまうのを怖れて、俺はまだ、逃げている。
相馬、佐倉をまだ俺は知らない。関わりのない奴だ。死んでも関係ない。
だが、潰しても潰しても沸き上がる感情が、期待が、存在しないとも言い切れない。
死なないでくれ。




