魔界の朝
「起きろ相馬」
眠っていたのに、いきなり誰かに引っ張られ、立たせられた。足元がふらつく。
「遅いぞ、もう予定では着いているはずだった。誰かが寝ていなければな」
「蓮・・・か。ごめん、朝は弱くて」
「早くしろ」
蓮に急かされながら、相馬は改めて魔界に来てしまったことを感じた。まだ実感はないけど、眠りから覚めてなおここにいたということは・・・こればかりは、覚めない夢だ。家族や友人が心配になる。
「相馬さん、睡眠を十分にとることは大切ですが、存ぜぬ場所で無防備に眠りすぎるのはあまりよろしくないかと」
「あーはいはい」
佐倉の声を聞いて、考えていたことが一気に吹っ飛んだ。少年の容姿でこの堅苦しい言葉遣い、違和感がありすぎる。何とかならないものだろうか。
「佐倉は早起きだね」
「お言葉ですが、私は早起きではありません。貴方様がよく眠っていらっしゃったのですよ」
「・・・意地悪」
佐倉は軽く首を捻った。
「意地悪ですか?そのようなことをしているつもりはありませんが・・・具体的にどのあたりがそのような」
「あーごめん、僕が悪かったから、ね」
「・・・?はい・・・」
佐倉に説明するのはうんざりする。そのせいか、全然疲れがとれていないように感じた。
「しかし、蓮さんが先に行くと仰っておりましたので、急いで追いかけなくてはいけませんよ?」
「それを早く言ってよ」
見れば蓮はもう見えない。佐倉が蓮が去った方角を手で差し示した。
「あちらのほうに」
「じゃ、蓮のとこまで競走な。佐倉もしっかり走れよ」
「え・・・お待ちください」
相馬は佐倉の言葉も聞かず、先に走り出す。佐倉のペースに合わせていては、いつまでたっても蓮に追いつかないと思ったのだ。しかし。
「貴方は僕に、指図する立場なんですか?」
「え!?」
佐倉は木々の間を駆け抜ける動物のように、いとも簡単に相馬の横をすり抜けていったのだった。
「待っていましたよ相馬さん、随分遅かったじゃないですか。また寝ていたのですか?」
「・・・佐倉、お前・・・」
しかし息が続かない。相馬は佐倉をキッと睨み上げた。佐倉は息切れ一つしていなく、冷ややかな目で見下してくる。
先ほどと、違う。機嫌を損ねたのか。
「ご苦労様です」
「・・・くそっ」
それよりも驚いた。驚いたなんてもんじゃない。学校ではトップレベルの速さなのに、何だか知らないが余裕で隣を抜けていった奴がいた。しかも、とてもアスリートには見えない身体付きをした少年が。
「何を言い争ってるんだ、ここから城内だぞ。私語は慎め」
蓮はそう言って門を押し、中に入っていった。佐倉のことはとりあえず後にして、蓮に続いて入る。奥の間までは、かなり、長い道のりだった。