失う痛み
「お兄様・・・っ!」
「ど、どうした。どこか怪我したのか?」
少女は兄の胸に身を寄せて涙を落とす。少年はその頭を、優しくさすった。
「ラインさんが・・・ラインさんが・・・っ」
震えながらしゃくり上げる。妹は非常に繊細である。
父も母も覚えていない。物心ついた頃は彼女と共に、液体の中にいた。親が守るためにそうしてくれていたのか、自分たちの能力でそれを生成していたのか、はたまた誰かの実験動物だったのか。とにかく、俺は彼女と、居心地の悪い液体を抜け出した。
自分たちの情報を得るため幾年もさまよい続け、初めて手をさしのべてくれたのが、今の主。結局、自分たちが何者なのかはわからなかった。しかし、一緒にいた少女以外に初めて家族と呼ぶ者たちができた。
見た目と能力から、どうやら俺と少女は双子の兄妹らしいと主は言った。より一層、少女が大切な存在になった。妹を守り、主に忠誠を誓う存在。それが自分が自分としていられる唯一の状態だった。この世の正義である王城側と、対立する存在であったとしても。
「辛いかもしれないが、落ち着いたら教えてくれ。主に報告しなければならない」
今、王城側が俺たちを討伐しに来ている。蓮に案内役を務めさせ、二人の素質ある人間が送られているとのことだ。下手に個人で動けば彼らに見つかり、即刻殺されるだろう。そのため、主な情報は妹から得る。機属性に類似した特性を持つ妹は、水晶玉を通して遠く離れたものや未知のものの情報を得ることができる。
「・・・ラインさんの反応が、蓮さんたちと接触した後、消えて・・・それで・・・」
「あの野郎・・・死んだか」
チッと舌打ちをすると、妹が腕の中でびくりと反応する。
怖がらせたか。
背中をさすってやると、落ち着きを取り戻したのか、身体から力が抜ける。
「教えてくれてありがとう。霊次様に報告してくる。少しだけ、待っていてくれ」
「嫌、行かないで・・・」
「本当に少しだけだから。すぐに帰ってくるから・・・ローク」
彼女が、捕まえていた服の裾をゆっくりと離す。それを見て、一度笑った後、妹から離れた。
「霊次様」
「入るな。聞きたくない」
「そう仰られても困ります。それではロークと同じですよ」
少年は、ゆっくりと扉を開ける。思い描いていた主の体勢はビンゴだった。霊次はよくそうしているのだが、今も窓から外を見ていた。
「・・・悪い報せだろう」
「はい。ラインの反応が、消えたと」
主は溜息をつき、椅子に腰掛ける。現在魔力は増幅されているものの、元々は七人隊より幾分か劣る程度の者だったという主。元来の強者とは違い、弱者の命を思い遣る心を持ち合わせている。そう・・・秀王とは違う。
「死ぬなと言ったのにわからん奴だ・・・堕天使が」
「帰る場所はない、密封禁忌に逃げる力もない。秀が動いた以上、我々には死しか残されていませんので」
「・・・ラインは特に、蓮に対して抵抗もできないからな。まさに死を待つしかなかった奴だ。俺のせいで」
諦めの溜息だろうか。主の表情は、重い。
「霊次様の責任ではありません。感謝しているくらいです。霊次様こそ、お逃げください。今の貴方様ならば、密封禁忌にも入っていけます」
「お前らは置いてゆけない」
「いいえ・・・我々のためにこそ、お逃げください」
「秀を殺すことが俺の目的だ。逃げてしまってはそれも叶うまい。・・・それに俺は、勝つにしろ負けるにしろ、兄のいたこちら側で死にたい」
「っ、それは・・・」
霊次の兄。彼の名を知らぬ者は、少なくとも柵よりこちら側には、いない。
「仇討ちは、お考えにならないのですか」
「まさか」
主はふっと笑う。
「俺なんかがあいつに、勝てるわけないだろう」
奴の強さを、常日頃から主は口にする。我々には膨大すぎて感じ取れない魔力も、主には感じ取れるのかもしれない。
「秀とどちらが、強いのですかね」
「少なくとも、秀が王になる前だったら、奴のほうが強かったんだろう。なにせ奴は、王権を巡った争いで、先代の王を打ち負かしている。俺が王城にいた頃の話だ」
「緤を!?・・・え、ではなぜ、緤が王になったのですか」
「それは俺にも・・・ん。ロヴァイン。どうやら妹が心配して来たようだぞ」
「え?」
気配を探れば、なるほど扉の外に彼女がいるらしい。
「・・・申し訳ありません、失礼します」
「ああ。妹を大切にな」
「はい」
扉を出たところにいた妹を連れて、広間へと帰る。
後に残った霊次は、またぼんやりと外を眺めた。
「仇討ち?」
今までそんな発想が浮かんでこなかったことに、少し驚く。兄は確かに奴に殺された。だが、奴を殺そうという気はさらさらない。戦おう、とは思っているが。それは奴が単純に強いからではない。
莠耶さんと共に密封禁忌に入ってからは、正気を失って多くの魔族を殺してきた。おそらく俺を恨んでいる奴も多いだろう。だが、そんな俺でも今は正気を取り戻し、こうして仲間と共にいる。
「俺と同じ・・・いや、俺よりはるかに辛い思いをしたお前を、殺そうなんて思えないよ」
奴に対してできることはせいぜい、奴の様々な心情を利用することだけ。最後の殺意は、秀とその妹に向ける。
直接対決で秀に勝つことは不可能に近い。だが、今は状況が違う。妹だけなら、殺せる可能性は十分に上がる。そしてその死体を利用すれば、あるいは秀も殺せる可能性が上がるかもしれない。
失う痛みを、感じやがれ。




