魔族というもの
光が、まるでのどかな朝を告げるように差し込む。だが。相馬は起き上がった。ここはもう戦場。どんなに体感しなくても、戦場。現に昨日ランドは僕たちを殺そうとした。戦いの意志なんてないように見えた少年が、僕らに刃を向けた。霊次を守るだけのことでなぜそこまでするのかわからない。なぜ僕たちが殺されなければならないのかわからない。
殺されたくなければ、殺さねばならない。そんなのおかしいとわかってはいるが、実際目の当たりにすると、そこから逃れられない。死にたくない。
相馬はきつく唇を噛むと、部屋から出た。
「遅いぞ、相馬」
蓮は相馬の部屋の前で、壁により掛かっていた。佐倉はその隣で俯いている。
「ごめん、おはよう」
「・・・おはよう」
「はよ。行くぞ」
蓮が先に歩き出す。佐倉の瞳は昨夜と何も変わらない。明るい若草色に染められた髪とは対照的な、暗く憂いをもった瞳。
何も言い出せなかった。もしかしたら、昨日のことが佐倉を傷つけたのかもしれない。僕が兄さんの命を受けたんだ、佐倉を巻き込んで。あんな怯えていたら、佐倉まで不安になる。僕は怯えちゃいけない。
既に街から離れ、何もない景色が通り過ぎる。風景は変わらないが、足元がそれまでとの違いを感じていた。
「上り坂に入った?」
「ああ、少し山を越えなければならないからな」
「ふうん」
「気をつけろ、風が飛んでくる」
蓮がその言葉を告げると同時に、大剣を握り直す。彼は、僕たちと初めて会ったときからそれを常に携えている。流と新斗が戦ったときに使うところを見たが、蓮の剣はランドのように風で運ぶような軽いものじゃない。むしろ風を起こすのに使っている。
「・・・ランドが近くにいるのか」
「そのようだな」
と、例の突風が吹く。どうしていいのかわからないが、とりあえず動けるようにと身構えた。
「やあ、おはよう」
「・・・敵と口をきく気はないのだがな」
佐倉がやれやれとため息をつく。ランドは相も変わらず屈託のない笑顔を向けてくる。
「君たちが霊次様を狙ってなければ、僕も攻撃しないんだけどね」
「諸悪の根源を放っておくわけにはいかないだろ」
「・・・霊次様はそんな人じゃない」
「だが、彼によって魔界が黒く染まったと、秀王が仰っていた!」
少し悲しげな顔を見せると、ランドはため息をついた。
「・・・あの人とは、いつまで経っても分かり合えないんだね」
「敵と分かり合えるわけがない!」
「そうだよね。あの人はそういう人だ・・・」
ランドは小さく深呼吸をし、身構えた。
「この前忠告はしたからね!霊次様には近づけさせない!」
風に乗って、ランドが突っ込んで来る。それはこの間よりも格段に早くて、佐倉は避けるタイミングを完全に逃した。
「・・・っ!?」
佐倉が目を閉じかけると、後方から逆風が吹いてランドの体勢を崩した。
「佐倉!しっかり動け!」
蓮が大剣を振って風を作り出したらしい。握る両手に、力が籠もっていた。
「・・・邪魔、するんだ」
「こっちにも都合ってものがあってな」
「ふーん、上等だよ」
すぐさま体勢を立て直したランドは、蓮を軽蔑の眼差しで見る。
「こいつらを守りきってみるがいいさ!」
蓮には向かわず、ランドは佐倉を狙い続ける。佐倉はやっとの思いで避けているが、体勢が頼りない。地を踏みしめられていない。相馬はそんな佐倉を見て、しかし何もできない。
「自分の攻撃を思い描くんだ!それが属性と一致したとき、魔力が発動する!」
蓮が叫ぶ。相馬は目を閉じて思い描いてみる。蓮の風、兄の闇、雷需の雷、紀伊知の木、流の水、新斗の炎・・・しかし、どれもうまく集中できない。
「相馬!」
佐倉の声。無防備に突っ立っていた相馬を、ランドが狙う。
ナイフが目の前まで迫ってくる。助けを求めて蓮を見ると、彼は動こうとしていない。どうして。死んじゃうよ。佐倉は助けたのに。薄情者!
「や、嫌だっ」
「死ね!」
「相馬に・・・手を出すなああっ」
相馬の前方、ランドの後方が一瞬光る。
「えっ・・・何だっ!?」
何が起こったか分からない。ランドの身体に蔓状の植物が巻き付いて、その動きを完全に封じていた。
「そのまま・・・イメージして」
「・・・っ!」
蔓は身体を握りつぶすかのように締め付け、悲鳴と共にランドは消えた。
そして、やっと相馬は認識した。蔓は、佐倉の腕から巻き付くように生えていた。
佐倉はその場に座り込んだ。
「な・・・」
「殺したんだよ、お前が。ランドを」
「う、嘘だっ」
一瞬の出来事に当の本人が一番動転している様子で、目を見開いてランドが消えた場所を見つめていた。
「嘘じゃないね。そりゃあ魔族だから、手応えはほとんどないだろう。身体は魔力で構成されるものだから、命が尽きれば消える。お前ら人間は、血が飛び散ったり死体が残ったりと、いろいろと面倒だ。魔族は面倒なことがない。だがその分、俺らの命に重みもない」
「佐倉・・・」
どう声を掛けて良いのか分からず、相馬は佐倉の名前を漏らす。ところが佐倉はそれに過敏に反応して、顔を上げた。
「無事かっ、相馬!?」
「あ・・・うん、大丈夫だよ。ありがとね。佐倉は・・・座り込んでるけど、大丈夫?」
「ああ・・・力が抜けただけだ。相馬が無事で良かった」
佐倉が力なく笑う。
「・・・命は、あんなに呆気なく尽きるものなんだな」
まだ事の原型をとどめたままの蔓に触れる。やっと還る場所を見つけたように、それはするすると身体に吸収されていった。
相馬も佐倉も、まだ幼い。命の尽きる瞬間など見たことがなかった。物語上でしか経験のないそれが初めて、目の前で起こった。そして感じた。
討伐というのは、正義に後押しされた殺戮なんだ。
「気持ちのいいものじゃない、な」
たとえ、ここが人間界ではなく、犯罪にはならないとしても。
「だろうな」
それなのに蓮は冷たく言い放つ。
「だが何も考えるな。殺らなければ殺られる。霊次の手下は殺せ。死にたくなければな」
「・・・分かり合える可能性は、ないの」
ぽつりと相馬が呟く。
「相馬」
「・・・っ!?」
「反逆者は、処刑だ」
喉元に突き付けられた大剣に、相馬は息を呑む。冷酷な眼差し。初めて、蓮が恐ろしいと感じる。魔族だと感じる。
選択権は、ない。
「やめろ、蓮!」
「佐倉、お前もだ」
大剣はそのままで、視線だけ佐倉に向ける。
「秀様の命に背く輩は、処罰する」
「・・・わかった、大人しく命に従う。だから相馬から剣を下ろしてくれ」
「その言葉、忘れるなよ」
大剣を下ろし、二人に聞こえないほどの小さな声で呟く。
「・・・すまないな」
無言が続いた。
再び歩き出した蓮を追って歩く。しかし、先程の一件で、その大して距離のない間隔が気まずく感じる。蓮が、怖い。
蓮は本気だった。・・・少なくとも、僕にはそう見えた。再び敵と分かり合おうと言えば、今度は本当に殺されるかもしれない。だが、それをする意味は?僕たちを殺して、何の得がある?
「なあ」
蓮が立ち止まる。振り返る彼に、無意識に怯えた。
「あれ、食うか?」
「・・・は?」
緊張していたので、なんとも間抜けな声を出してしまった。蓮が指差す先には低木。そのところどころに実が付いている。
「秀様が幼い頃、あの黒いものを召し上がっていた。人間界では食べられる植物なのだと、先代の王が仰っていたからな。お前らならもっと、馴染みがある植物なんじゃないか?」
相馬は蓮を視界から外さないようにして、植物から黒い実をとる。・・・だがそれが何なのか、よくわからなかった。
「・・・ブルーベリー」
隣にいた佐倉が呟く。
「え、これが?」
確かにそう言われてみれば、ブルーベリーのような色形をしていた。しかしそれにしては、人間界のそれとはどこか違う。
「環境が違うから、少し育ち方が違うのかもしれない。でも、木や果実の特徴から見ると、おそらくブルーベリーだろう」
「でも、これ食べられるのかなあ」
「王が食べたなら大丈夫だとは思うが・・・」
「・・・俺を疑ってるのか」
「一応、毒味しようか」
佐倉が緊張した面持ちで実を口に入れた。そのままゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。
「・・・大丈夫そうだ」
「そ、そうか。それじゃ」
相馬も実を口にする。甘酸っぱい液が口の中に広がり、良い香りがした。
「・・・美味しい」
「お前、秀様と同じような顔で笑うんだな」
蓮を見ると、微笑んでいた。
「上を見ろよ」
相馬と佐倉は空を見上げた。少し重たい色だったが、様々な樹木がそれを隠していた。途端に、気づかなかった自然の香りが立ちこめる。
「こんな旅で言うのも難だが、今くらいリラックスしておけよ。人間はストレスに弱いって聞くぜ?今日はもう休んでもいいからさ」
木々に寄りかかって座る。どっと疲れが出てきて、眠くなった。
ああ。相馬はやっと納得した。これは、蓮なりの気遣いだったんだ。場合によっては僕らの処刑もしなければならない、そんな彼の、小さな気遣い。
疲れていたことと安心したことで、相馬はすぐに寝入ってしまった。佐倉も程なくして眠りに落ちる。だから、夜そっと蓮が抜け出したのを、この純粋な子どもたちが知るはずもなかった。




