治療後、サカヌキ村生活の実質的な初日 家畜小屋へ行く
雨宿りできる軒先を求めて、人の流れに神経を尖らせながらあちこち歩き回ったぼくたちは、やっと糞臭漂う家畜小屋の軒下に空き場所を見つけて坐り込んだ。
この糞の臭いは牛だろう。
人っぽいのも混じってるが……。
サカヌキ村の中はどこも多かれ少なかれ色々な臭いが漂って、或は立ち篭めてたが、さすがに家畜小屋は群を抜いて臭かった。
今夜の寝床は、この家畜小屋か……。
濡れて寒い、慣れない場所で神経使いまくってくたくたに疲れた。
とりあえず今はもう動きたくない。
「……」
疲れて声も出ない。
冷える。
利用は無料だが、それでも只とはいかない。
「トールは声を掛けろと言っていたよね」
マサノリが戸口から中を覗く。
担当の人が居ないか、探している。
「あの人かしら……」
家畜小屋の中に、家畜の世話をしてる大人が居た。
トモコが声をかけ、
「あのう……」
「……ん~、なんだ、お前ら」
「トールからここで寝泊まりしても良いって聞いて」
「ああ、またか」
それが家畜小屋の世話を担当している者だった。
泊まる為には「毎朝出て行くときに、大雑把に通り一遍で良いので糞を片付けておけ」とのこと。
小屋の外に山積みの籠があるので、それに放り込んで積みなおしておけば誰か取りに来るらしい。
泊まり賃がそれだけで良しとされたのは、きっと家畜小屋担当者の優しさなんだろう。
乾草を牛にやっている世話係の人に、藁を材料にして縄を綯ったり物を作って良いか確かめると、駄目だと言われた。
「それだと沢山使うだろ? 藁を運び込むこっちの身にもなれよ。少しくらいなら良いけど」
残念だ。
しょんぼりしていると、見かねたのか、
「藁に潜って寝るくらいは見逃してやる」
と言われた。
有難い。ただ、地べたの藁に直接潜り込んだら虫が凄そうだ。
トモコたちが話をしている間待っていたら、ぶるっと身体が震えた。
家畜小屋の中には、隅に幾つも便器壷が置いてあるので、蓋を開けて用を足す。
壷は小屋の外の決められた場所に置いておけば、し尿処理担当者が村の外の捨て場まで棄てに行くらしい。
ぼくがするのを見て、皆も急に催したらしく、次々全員が用を足した。
重たい壺を外へ持って行った。
小屋の中に居た家畜は、牛と大蜥蜴だった。
ぼくたちのような子供を餌と思って喰いついてきそうな大蜥蜴はいわずもがな、牛も近づくとモ゛オ゛ーと大きな声で鳴いて嚇かしてくるのが居て、皆驚き怖がった。
それで家畜小屋の奥へはなんとなく入れずに、小屋に入ったばかりの場所に屯する。
雨に濡れて冷えた身を寄せ合って温めあうが、それでもまだ冷えるから、思い切って互いに抱きついて、擦りたてて、辛うじて温まる。
中心に一人を入れて、周囲4人で抱きつこうとなって、
「最初はエイコね!」
「いやああーわあー!」
「ギャハハハハ」
「うるせえよ騒ぐな」
「早く代わって~、さむい~」
最初抱き着かれてワアワア言ってても、結局濡れて冷えた身体が温まると分れば文句は出なくなる。
温まって人心地がつくと、次の子に順繰りに交代してゆく。
全員一通り温まると、また冷えるので、臭い家畜小屋の中で身を寄せ合って温めあいながら、これからどうするかをぼそぼそと話し合った。
--
ぼくたちは元々、開拓村の子供小屋で大勢一緒に生活していた仲間なのだが、特に仲が良かったわけでもない。
仲が悪いわけでもないが、この中でぼくが日頃から多少話していたのは、身体が丸くて顔が四角いマサノリくらいだった。
ぼくは、一日中木登りしたり泳いだり走り回るという風に、身体を使うことが好きだったし、指先を使って細かな物を作る遊びも好きだった。
遊んでばかりで、頭は良くない。
そのくせ、かなり人見知りの強い子だったから、女の子とはあまり話したことも無い。
でも、二人やっつけたことで、したい事は思い切ってする、というように少し心持が変わっていた。
マサノリは元々わりと穏やかで朗らかな性格で、大体の点において齢相応の、所謂普通の子だった。
ダッシュは人並みだが、長距離を走るのは苦手だった。
ただ、誰もがそうだったが彼もまた、村が滅んだ襲撃を生き延びてからは、周囲を警戒して目を見開いた表情に翳りが見え、言葉数も前より少なくなっていた。
色黒でやや小柄な、スケベそうな眼の不細工な▽顔のトヨキは、見た目通りちょっと捻くれて尖った性格をしていて、彼から話しかけてくることはあったが、こちらから積極的に仲良くする相手でもなかった。
ぼく同様に頭はあまりよくなくて、ややキレやすいくせに特に喧嘩が強いわけでもなかった。
指一本動かすのも億劫がってるかと思うと、ずっとちょこまか動き回っていたり、気に入らない事があると叩きつけるような口調で愚痴を吐き続けて居たりと、むらッ気があった。
女の子は二人。
ひょろっと背が高くて老け顔の玉葱といった容貌のトモコは、落ち着いた性格の子で、他所の人と話す時には失礼がないように丁寧に話した。
ぼくたちの中では、トモコが一番人怖じしない子だったろう。
大きな光る目が特徴的な、リスとかサルっぽい顔のチビのエイコは、なんというか、いかにも普通な感じがする、齢相応に稚気に富む子だった。
魔物の夜襲を生き延びてサカヌキ村まで共に生き抜き、嫌な奴らを共に葬り去ったという仲間意識も生じて、ここまで来てばらばらに散らばろうという気持は誰ももってないようだったので、お互いに距離を測りながら、少しずつ間を詰めて、打ち解けていこうと努めていた。
拙作をお読みいただき、まことに有難うございます。