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四十日目 余話 或る男の見回り

トモコとトヨキだけで、ジンメ川に架かる小さな橋を渡って、小部落へ行った時の事。

二人は、事情が事情なので、状況に急き立てられるままに、何となく頼りになりそうというだけで顔見知りのお爺さんを訪れてきたのだが、お爺さんは話を聞いた上で、子供たちに懇々と諭した。


小部落の人々が理解があるからといって、子供と雖も、甘えることはできないのだよ、と。


拠点建設の為に、部落内にちょっとシェルターを建てさせてくれ、というのは駄目だ。

それは部落の人の土地という、とても重視されるべき縄張りを侵すことだから。

そこまで行くと、さすがにお爺さんが一存で許すわけにも行かない。


道の向かいの裏山を少し拓こうとしてる宿無しの子供たちを、家族の家にいきなり長期にわたり泊めるようなものだ。

たとえ家族全員OKでも、さすがにそれだと慣習上、対価を取らねばならなくなる。

それでは、そんな心算が無かったお爺さんも心苦しくなるし、浮浪児にも無理が懸かる。

慣習には逆らってはいけない。


まあ、敢えて言うなら、後払いというのもアリかもしれないが、確実に成功するという話ではない。

開拓は企てであり、一種の賭けである。

投資としてしまうと、失敗した時に、関わった全員が困る。


浮浪児を養ったり雇ったりするのは、先ず日々の食い物が直ちに物入りになるから、それを賄うのが厳しい。

自分たちが日々の糧を得て、税を納めるのでやっとの民には、そうそう安易に家族以外の者を雇ったり養ったりはできないのだ。

たとえそれによって確実な働き手が手に入るとしても。

況してや相手が子供では、働き手としても一人前ではない。

働かせるのに必要な道具だって、物入りなのだ。

継続的に雇い養うには、新たに土地を拓くのが良いが、それだとリスクも当然ある。


それよりは、浮浪児自身に拓かせ、リスクを受け持ってもらうのがよい。

初期開拓に成功して、暮らしが安定した段階で初めて、新たに入会権とか、今まで支払い免除で据え置いていた漁業権とかの割賦支払いなどを話し合うのが良い。

子供たちがこれから拓こうという入り組んだ小川の辺りは、部落の者にも先から漁業権や入会権とかあるわけだから。

ただ、そこに割り込むのに反対せず、事情を考慮して快く許すよ、という話なわけだ。


では、小部落の中でなく、そのすぐ外側の処に、仮の建設小屋的なシェルターを作らせて、という話ならばどうか?

それだったら、抵触するのは入会権程度。

後払いで済む程度の話であり、後回しにしてしまえば、今は別に良い。


だが、何が外をうろついているかもしれないので、子供たちだけで、壁一つもなしに、焚火だけをアテにして夜を過ごすのは、安全ではない。

今日の所は要塞に避難して、暫くは通いで壁を建ててから、仮住まいを壁の中に建てるが良かろう。


と、そういう事であった。


--


二人の見所ある子供たちが、しっかりした敏捷な足取りで、来た道を直ちに引き返していくのを見送って、男は足回りを確かめると、杖をついて家の戸口に入る。

三年前の誕生日に息子の嫁が贈ってくれた笠を、そっと取り上げると、笠の内側に引っ掛けてあるマスクを顔に着け、笠を頭に被り、紐を丁寧に締める。



「マキさん、ちょっと出かけて来るよ。少ししたら帰る」

「あら、いけないわ。ケイコ、ちょっとお爺ちゃんについて行ってあげなさい」

「うん、すぐ行く!」

「いや……」

「駄目ですよ。どうしても、です」


軽く睨まれて、男はふっと軽く吐息を洩らし、しょげた目で


「心配せんでも……」


というが、二人とも口元は笑っている。

活発な孫娘が、すぐに小さな蓑を羽織り、笠をおつむに載せて、足に草履をつっかけながら、


「お爺ちゃん、どうせそこら辺でしょ?」


と問うて確認するが、


「ああ、少し歩くから、草鞋の方がいいよ。それと、マスクを着けなさい、堅い方を」


と言われて、急いで草鞋に履き替える。

立ち上がって腰の物入れを探り、麦藁で編んだ堅いマスクを取り出して着ける。


二人が夫々の杖を手に、家の外に出る。

垣根の戸の閂を外し、戸を開けると、また閉め直して、さっきの子らが戻って行った道を、ゆっくり歩きだす。


やがて、道は真っ直ぐになり、前方に小さな橋が見えてきた。

空を見上げた男は、


「これは、降るな」

「急ぐ?」

「いや、このままで行こう。躓いて転んだらいけないよ」

「うん」

「此処は石を残してあるからな」

「きれいにしないの?」

「残しておくのには、訳があるんだよ」

「ふ~ん」


祖父と孫娘とはマスク越しに仲良く喋りながら、ゆっくりした足取りで歩む。


--


小さな橋の所まで来ると、孫娘は祖父の手を引いて、一段一段、しっかり足元を確かめながら、先に上がる。

手を引かれる男も、孫娘の歩に合わせて、一歩一歩、ゆっくりと上り、渡り、下りる。


「川上の方へ行くよ」

「うん」


交差路を右へ曲がり、激しい流れの轟く川に沿って、今まで同様、静かに歩む二人。


「冷えて来たね」

「川に沿っているからね。山の冷気が流れに伴って早く降りてくるのさ」


やがて、男はゆっくりした歩みを更に緩めた。


「笠を深く被りなさい」


声に緊張は無いが、口調と内容にいつもと少し違う何かを敏感に感じ取り、孫娘は言われたようにしつつ、そっと小声で尋ねる。


「お爺ちゃん、あたし、隠れていた方がいい?」

「いや、二人一緒の方が良い、但し、ゆっくり行こう」

「何か、ちょっと怖いよ」

「前に猪を皆と狩った時があったろう、あれとあまり変わらないよ」

「今は皆と一緒じゃないもん……」

「おや、ケイコはわし一人じゃ猪を倒せないと言うのかな?」

「だって、お爺ちゃんだけで狩に行ったの、見た事無いもん……」

「そうだったか。ん、待った」


利発な孫娘は言われた通りにする。

男は、身体の調子を確かめつつ歩いて来たが、問題ないので、そのまま更に静かに前へ進む。


少し先に、大きな草むらが見えている。

道から川が見えなくなるくらい茂っている。


曇って薄暗い空の下で、風で樹々の枝が揺れている。

渓流の轟音で、他のちょっとした音はかき消される。


しかし、男には僅かな気配が道の先から近づいて来るのが感じ取れた。

孫娘の手を引くと、


「こっちだ」


と一瞬の遅滞もなく、草叢と小道を挟んで反対側の草木の蔭へ入り込み、しゃがみ込んで潜む。

笠を脱いで膝に置き、孫娘の耳元へマスクを寄せて、


「来るぞ。わしの後ろに居ろよ」


と囁くと、同じように笠を脱いだ孫娘が僅かに頷く。

その目はしっかりと祖父を見つめている。

気合が入ってるな、と男は微笑んで、目を小道へ戻した。

草を片手で握って千切ると顔を隠す。


川沿いの小道を上流からやって来たのは、一人の農夫と、三、四人の子供たちだった。

子供たちは籠を手に提げている。

それが、何やら互いに頷いて、草むらへ分け入っていく。


農夫は路上で待機して、辺りを見回している。

男は用心して、頭を深く草の中に下げた。


少し待っていると、がさがさと草を掻き分けて、子供たちが出てきた。

農夫へ、何か首を振っている。

農夫は、二言三言、子供たちへ語り掛けると、草の中へ入って行き、少しして出てきた。

眼を細くして、小道の下流の方向を見ている。


農夫は子供たちへまた何か語り掛け、子供たちが持っていた籠を集めると、下流方向へ走り去る子供たちを見送り、一人だけ残った子供を連れて上流の方へ踵を返し、去った。


--


暫く潜み続け、完全に気配が去って、更に暫くしてから立ち上がった男は、孫娘の手を引いて一緒に立ち上がった。

草むらの前に孫を待たせておき、一人で草むらをそっと覗く。


一目見れば、充分だった。


男が出て来て、孫娘に言う。


「もう帰ろう。見るべきほどのものはみた」

「?」


小首を可愛らしく傾げながら、孫娘は祖父の手を握って歩き出す。


「降り出してきそうだけど、急ぐ?」

「そうだな、いや、それほど急がなくて良い」


二人は暗さを増す曇天の下を下流の方へ歩いて行った。

拙作をお読み頂き、実に有難うございます。


余話入れる前に、間違って完結ボタンを押してしまっていました……。

疲れていたので、間違えたようです……。


「第一章完結、なんてのはやめろ!」という意見に賛同する者としては、心苦しくはありますが、一休みしたいのです。

なにしろ初日からして既に大きく予定していた粗筋から、本当に大きく、ずれてしまったので。

何度も書き直していた書き溜めが泣いてます

「このままじゃ無理だよ」

と。

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