三十五日目 家畜小屋
大声で怒鳴るのは、空きっ腹に堪えた。
本気で瞬発的動作に備えて構えても、その後に魚を獲れるわけでもなく、無駄に構えただけに終わって徒労感を覚える。
あの盗っ人を殺して食ってしまえたら、良かったのに……どうせ敵なんだ……ここは人目があるからできないが。
眩暈まで行かないが、疲れて少しふらつくので、壁に寄っかかって身体を支えながら、警戒を続ける。
その後、トヨやぼくも水浴と洗濯を済ませて、皆で用を足したり、女の子があちこちに移動して別の井戸端会議に参加するのに尾いていき、荷物持ちと警戒の役を引き受けていた。
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午後、頃合になって、トオルの処へ拠点建設許可の代札を受領しに行った。
その日はそのまま尾根の上に泊まっていく事にした。
覚悟してその心算で来たので、家畜小屋に泊まる許可を得た。
木酢液などの使用許可も確認したが、
「あー、これは……小屋の担当者に訊け。俺だと分からん」
と言われた。
そこで家畜小屋に行って担当者に訊いたけれど、この人も知らなくて、臭いを嗅ぐと
「うーん……万一にも牛や蜥蜴が暴れ出したら、困る……」
と迷いながら云うので、配慮して家畜小屋の中に撒いての使用は諦めた。
一応、身体や服や籠などには、水で薄めた液を塗り付けておいて、或る程度乾いた頃に小屋に入る心算。
それでも身体につくであろう虫については、明日の早朝に水浴と洗濯でしっかり落とすしかない。
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日暮れまで時間がまだあるので、小母さんたちから色々聴いたトモコやエイコの助言に従って、近寄らない方が良い場所を避けつつ、皆で一緒に上村をゆっくり歩き回った。
履き潰すのが勿体ないので、裸足で。
履物や草鞋などは腰帯に結わえて腰の辺りにぶらぶらさせてる。
今日も天気が良い日を選んだので、人込みの度合は、雨だった初日ほどじゃない。
道端の草を摘みながら、歩いていく。
村には、店という物は無い。
お金は税の支払いと、物売りとの取引で使える。
金属もほぼ見かけない。
トオルの処の扉には、他では見かけない錠が付いていて、金属製だった。
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日が暮れたので、便所で用を済ませて、家畜小屋へ。
臭い家畜小屋に入り、何となく入口付近に屯した。
トヨの背負う、トモコが新たに編んだ籠から、草で編んだ──編むというか、束ねて巻いて綴るだけというか──大型の鍋敷きめいたものを取り出した。
一応、円座と呼んでる。
ありあわせの草で下手くそに作ってある代物だけど。
皆の分を用意してくれてるので、地べたに直接でなく、その粗い作りの──どれ一つとして同じ出来の物が無い──円座の上に腰を下ろして、歩き疲れた足を休める。
暫く皆で身体を寄せ合い、からだを温めあった。
「そろそろ、やりましょうか」
「やりたくねえな」
「やらなくちゃ」
「もう少し~」
「だーめ……まあ、いいけど~」
各自の籠(女の子が夜中に作ってくれていたので、今では一応各自の分が揃っていた)の下に括り付けていた草の束を取り出す。
薄暗い中で、草の葉っぱや小さな花や実を分けてもらって少しずつ噛みながら、長い草の茎を石で打ったり潰したりして柔かくしていく。
ゆっくりのんびり、やる。
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するうちに、急に入口でどやどやと人声がしてうるさくなったかと思うと、6、7人の若者が、家畜小屋に入ってきた。
背に蓑を羽織り、頭に笠を被り、顔には生成りの布のマスクを掛けて目だけがのぞいており、背中には皮の袋や大きな籠を結わえた背負子を背負っている。
手には木の槍、足許は裸足。
薄暗い中で目を凝らしてよく見れば、ぼくたちより3、4歳ほど年長に見える。
ぼくたちに目をくれる。
「お、なんだ」「ガキだ」
「お前ら、新入りか?」
「トールさんに、この家畜小屋で寝泊まりしていいって」
話しかけてきたので、手を止めて顔を向け、トモコが応えを返した。
「ああ、じゃあ新入りだな。すると俺達も今日からは先輩ってわけだ、な」
ハハハ、と彼らが笑った。
何となく、血腥いような臭いが感じられた。
「ま、こんなとこに寝るんだから、文無しだな、その恰好だし」
「お前ら、まだちっちぇえのに大変だなあ。傭兵ってわけでもなさそうだが、どした、ん?」
「村が襲われて、サカヌキ村へ行けと言われて、私たちだけがここまで辿り着けたんです」
お、おう……と、空気が少しまじめになった。
「ま、俺達だってもう家には戻れないんだ。それほど違いがあるわけでもねえ」
「何かあったら俺達に言いな」
そう軽く流して、家畜小屋の中へ入っていった。
見上げていたぼくが、また顔を伏せて、とんとんとんとん、とやりだすと、一人の若者が奥からまた戻ってきて、近寄ると、「何の音だ?」と訊いた。
裸足だ。
「ぼくたち、裸足で山の中を逃げてきて、傷だらけになったから、草鞋を編むんだ」
とマサノリが教えてやると、
「へえ~」
とぼんやり答えた。
木の槍を使うような仕事するのに、裸足のままで平気なのかな?
不思議に思って足を見せてもらうと、ぼくたちよりずっと厚い皮をしていて、素足で石ころだらけの場所を走り回っても傷がつかないくらい、丈夫な足をしていた。
肌の色も、日焼けしているぼくたちより更に黒い。
そんな人達も居るんだ、と驚いた。
「夜はあんまりうるさくしないように、なるべく気をつけるから」
「ああ、そうしてくれ。俺達はもう寝る。眠い。扉を閉めてくれ」
「あ、はい……」
夜間作業は余程配慮しないといけないようだ。
「あ、じゃあ明日はいつ頃起きますか?」
とトモコが訊くと、
「んー、日の出前かなあ、明日は……今日は疲れた」
「私たち、もう少し前に起きるかもしれませんけど、それじゃ糞掃除しないで待ってる方がいいですね」
「そうだな、頼む。あー、糞掃除な、頼んだぞ。俺達が起きてからで」
「はい」
ぼくたちは、途中まで綯った縄や、使いかけの草の束などを片づけた。
かなり暗くなったようだ。
夜空はいつの間にか雲に覆われているが、薄明るい。
ぼくは扉を閉めた。
急に静かになった。
若者たちは、もう誰も一言も話さない。
黙々と荷物を下して、蓑笠をはずし、横になっている。
開いてる窓からの僅かな明るさで、ぼんやりと曖昧な輪郭で小屋の中が見える。
あまり手元が見えないし、音も立てられないので、そっと腰を円座に下ろして、じっとしていた。
その後、家畜小屋の担当者が来て、その指示であちこちの窓を閉めると、最後に
「じゃあ、あしたは頼んだ。いつも通り、閂を掛けておいてくれ」
と云って、小屋の戸を閉めて去った。
ぼくが立って、閂を掛けた。
思いのほか冷えないので、ぼくたちは家畜小屋の入口近くに腰を下ろしたままで居た。
腹ペコの身体を寄せ合って、見知らぬ他人と一緒の暗い小屋の中で、やがて心細い眠りに就いた。
拙作をお読み頂き、実に有難うございます。




