初日 今晩と明日への備え 水難
暫く行くと、小さな丸木橋を見つけた。
これでやっと川を渡れる。
三本の丸太を縄で縛って、川に掛けてある。
ここまで大分歩いて来ていて、皆そろそろ川を渡って戻りたかったから、喜んだ。
ただ、丸太に苔が付いて、それが雨で濡れていて、とても滑りやすそうだった。
此処では丸木橋を架けられるくらい川幅が狭くなっているが、その分勢いと深さを増している。
それで、怖くて尻込みしていたが、
「……っ、おしゃぁっ! オイ、渡れるぞ! 来いよオメーラ」
とトヨキが大胆にも渡ってしまった。
それで、マサノリもおっかなびっくり、渡ろうとしたが、足元が苔でズッと滑る。
あっ、と叫んで、ヒヤっとしたが、何とかバランスをとりつつ慌ててこっち岸に戻ってきた。
「よくこんなの渡れたなァ!」
「なァんだよ、こんなのが渡れねえのかよ~w」
川の向こうから嘲弄するトヨキに、挑発されたマサノリが、少し怒って、赤い顔で丸木橋を睨むと、慎重に、どうにか渡った。
でも女の子たちは腰が引けている。ぼくも怖い。
どうすればよい?
苔は……どうしようもないよな、滑るんだから……二人が通って、それで少しマシになったか……でもないか。
苔は、しかし、少しは何とかできるかも。
やってみよう……。
ぼくは辺りを見回すと、枯れ枝を折り取って、細い真っ直ぐな若木の根本にしゃがみ込んだ。
枯れ枝をハンマー代わりにして、手に持っていた石斧の斧頭を鑿のように木へ宛がって、ガンガン樹皮を削った。
鈍らな刃だから、面倒だったが、削れたので、立ち上がると体重を若木の上の方へ掛けて押し込み、倒した。
まだ折れていないので、女子に声を掛けて、倒れかかった状態で引っ張っていて貰い、またしゃがみ込んで、更にガンガン今度は木部を削っていくと、ベキベキと急に裂けて折れたので、さっと避けた。
それで根本から折り取れたその若木を持つと、そいつの枝葉でもって丸木橋の表面をゴシゴシ掃除し、苔を剥がしてしまった。
それから若木の余分な枝葉を毟り取ってしまい、棒きれにした。
それをトモコに手渡した。
「これで、川に竿ついて、身体を支えて渡って」
「やってみる、あ、マサ、ちょっとこれ持ってて」
トモコが腰帯に結わえていた、僅かな銅貨の入っている革袋を外して、川の向こう側のマサノリへ放り投げた。
マサノリは取り損ねてしまったけど、トヨキが素早く拾ってマサノリに渡した。
トモコは棒きれを使って、上手く丸木橋を渡れた。
トモコから棒きれを受け取ったトヨキがそれを放って来たので、ぼくが受け取った。
代わりに、用が済んだ石斧頭を放って、持っててもらう。
棒きれをエイコに手渡そうとしたが、小柄なエイコは、それで身体を支える腕力に自信が持てないのか、まだ怖がっている。
エイコが持っている手提げ籠を渡して貰い、焚き付け程度の小枝を折り取って、籠の縁に蓋のように挿して中身が転がり出ないようにしておいて、川向うへ投げて、トモコに持っていて貰った。
エイコが渡れないので、仕方なくもう少し工夫してあげる事にした。
向こう岸のトヨキ達には、更にちょっと待っててもらう。
さっき捨てた小枝を束ねると、それで地面の枯葉を払い除け、わらわらと這いずり出て来る蟲どもを掃いてどかし、土を出して、その土を小枝で掻き集めると、仕方ないから両手で掬って、橋の上へ少しずつ撒いて、盛って、踏み固めた。
少し時間を掛けて、一応土で舗装すると、滑らず平らになったので、明らかに安全になった。
ぼくが何度も往復してみせて、
「ほら、もう平気でしょ、渡ろう」
「うん」
それで安心したエイコも丸木橋に足を掛けて、やっと渡りきれると思った、その瞬間だった。
「あっ!」
エイコと、見ていたぼくたち全員が叫んだ。
エイコが足を滑らせて落ちた。
一人だけ山側の川岸に残って、若木の棒きれを握って立って見守っていたぼくは、驚愕に立ち竦んだその瞬間、想像した。
今ここで跳び込む
→ 流れに呑まれたエイコは先へ進み、追いつかない。
途端に、あとの事は考える暇なく、即座にまずは下流へと、来た道をダッシュし始めた。
駆け出しながら川を見て、エイコが水中で必死に泳ごうとしているのが目に入り、まだ無事、その安堵の一瞬にまた想像した。
先回り、跳び込んで、下流側から受け止める
→ 自分が先に流されて行ってしまわない為に、棒きれで支える
→ 為に、川床へ竿さす
抱きとめて後の事は考える暇なく、即座に想像通りに行動した。
棒きれを握りしめつつ、川に流されるエイコより速く下流へダッシュ。
川を見つつ走る、エイコが流される速度は次第に増す、間に合わなくなる前にできるだけ下流へ。
下流へ。
まだだ。
水中に岩、今だ!
川の方へ踏み切る!
「あああっ!」
跳び込んだ。
ごすっ
流れに抗して斜めに倒し気味に、水中の岩の付け根へ、竿を突き立てた。
その棒きれの上に両脚を揃えて乗る。
幼い頃にさんざんやった、山の斜面を飛ぶように駆け降りて来て、踏み切って大きく跳躍して、川の上に突き出てる倒れかかった弾力のある木に飛び乗る遊び、あの要領だ。
流れの勢いにぐうーっと持って行かれそうになる棒きれを、上から両脚で踏みつけて押さえ込み、水上に視点を保ってエイコを探すも、エイコは流れの下か、見あたらず!
と見るや、
「えいっ」
棒きれで流れに竿さして身体を支えつつ、ざんぶっ、と水の中へ自ら身体を沈めて、冷たい強い流れの清流の中で目をかっと開いて、目の前にもうエイコの影!
背筋首筋ゾワっとしつつ、咄嗟にガッッと抱き留めると、竿につかまったまま足先を水中の岩へ掛けて、また水面の上へ跳びあがる。
「ぷはっ!」
握りしめる竿は今や岩から離れて水の流れに抗しきれず、しかも暴れ藻掻くエイコに絡みつかれて前見えず、もう一度流れに沈みながら、エイコを右腕に抱きかかえ、エイコの向こう側に回した両手でしっかと握った棒きれと、両足とで、川床を衝き押して、トヨキ達の居る川岸の方へと寄せてゆく。
苦しい息を一所懸命に堪えに堪えて、何度目かの水中跳躍で、やっと一瞬息継ぎして、肘に川岸を感じた嬉しさよ!
エイコに抱き着かれたまま、必死に川岸の草や木の根に指先を引っかけ、泥だらけで這いずりあがろうと藻掻き足掻く。
兎に角、息さえ出来れば、何とかなるのだ。
腰から下は未だ勢いのある冷たい流れに浸りつつ、胸から上は泥の上。
左手で必死に灌木を掴み、右腕右肩にてエイコを地面へ押しやると、やっと気づいたか、必死に抱き着いてくるのが止んだ。
よし!
「エイコ! エイコ! オイ!」
「あ」
「エイコ! 上へ登れ! 邪魔だから上へ行け!」
「あああ」
まだ分別は戻ってないらしい、エイコの足を下から押し上げてやるが、自ら動こうとせず、ぼくもずいぶん疲れてきた、これは堪らない。
そう思って苦しんでいると、激しく轟く渓流の音に混じって、
「オイ! どこだ! オーイ!」
「おーい!」
仲間の声だ! やれやれ!
轟轟と鳴る川の流れの音に負けないように、声を振り絞って
「こっち! こっちー! おーい!」
がさがさと草むらが掻き分けられて、救いの手が伸びてきた。
思わず叫ぶ。
「助けてー!」
「おう!」
トヨキとマサノリだ。
二人がエイコを引きずり上げてくれた。
ぼくは今、灌木に捉まってるのが精いっぱい。なにしろ足先が流れの中だ。
「大丈夫か!」
「助けてくれ! 足がついてないんだ!」
「よし!」
マサノリが、えいっと近くの木の枝をへし折って、身を近くの灌木に支えて、その枝を差し伸べてくれた。
「これに捉まれ!」
「できるか!?」
「なんとか!」
必死にここぞと右手で枝先を握ると、
「待って!」
と、手先が滑らぬように、枝先を手先にぐるりと巻いて、多少ぼきと枝が折れても構やせぬ、とにかくしっかと握れたところで、
「いいぞっ、引いて!」
と叫ぶや、トヨ・マサ二人がかりで引き上げるので、伸びきった右手で自分の身体がずるずると川岸を擦って引き上げられた。
足が地面に上がるや否や、足を引き寄せて地べたを蛙のように掻き、必死になって川岸へみっともなく這い上がる。
こうしてやっと、突然の救出劇の一場に幕が降りた。
拙作をお読みいただき、誠に有難うございます。




