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『姫さま、こちらです』
『転びませんよう、気をつけて』
晴天の眩しい光の中で。
こちらを振り返る少年と少女は、笑顔だった。
少年はリシアの手を引いて、生まれたばかりの仔猫たちが隠れているという、王宮の庭の茂みに案内してくれる。
『わあ、かわいい』
よたよたと頼りなく、それでも懸命に歩き回る仔猫たちに、リシアが声をあげて微笑めば、少年と少女も嬉しそうに目を合わせて笑い合った。
ふたりは、この頃一層元気がなくなったリシアを心配してくれていたのだ。
──フィリツアとの戦争は、日に日に苛烈を増していた。
それは子供の目から見ても明白なのに、けれど城の大人たちは進軍を止めることはなく──どころか躍起になって兵を投入し続ける始末だった。
『姫さま。この戦争は、きっと敗けます』
仔猫を膝に抱きながら騎士見習いの少年は言った。
その隣で、侍女の少女も悲しい顔をする。
戦争を止めたいと、そう宰相たちにいくら訴えてもリシアの声は届かない。
少年は仔猫を撫でながら、歳不相応に達観した、陰った声を漏らす。それを哀れに思う大人は、彼らの周りにはいなかったから。
『おれが怖いのは敗けた後です。王族はもう、リシアさましか残っておられません────攻め落とされた後。フィリツアは、姫さまを捕らえるでしょう』
だから。少年の真っ直ぐな視線が、リシアを貫いた。
──その前に逃げましょう。さんにんで。
視線を絡ませ、そう、約束した。
でも、リシアは。リシアには、しなければいけないことがあって。
だからふたりの手を、離してしまった。それが正しいと思ったから。
けれどやっぱり。ひとりは寂しくて──。
──目が覚める。
天蓋の付きのベッドの四方は、薄い紗の幕が下ろされていた。仰向けに眠っていたリシアの両目から、涙がつと伝い落ちる。
「……ごめんね。ルド、エマ」
でも、ふたりを逃した決断を、間違っていたとは思わない。
アーノルドは条約通りにモンシェルリエテでの戦闘の一切を止めてくれた。カイドの話では近々復興にも着手をしてくれるのだという。──自分の国になるのだから、当たり前と言われればそうなのだろうけれど。
と、隣室から響いた物音に、リシアは急いで起き上がり涙をぬぐった。
続き間になっている寝室からのその物音は、カイドが起きた証だったからだ。
「食事は口に合いますか? なにか困ったことは?」
問われて、リシアはカトラリーを握っていた手を下ろす。
「いえ、なにも」
五月も終わりの頃。
今日は天気がいいからと。カイドに誘われたリシアは、テラスで朝食を摂っていた。
トウモロコシのスープに白パン、新鮮なサラダの並んだ円卓は中央に生花が飾られたせいで余計に豪華に見えた。
向かいあって座るカイドは、すっかり身支度を整え終わっている。
今日もまたすぐに出かけるのだろう。
昨晩も、その前も遅かったけれど。
結婚からひと月と少し。
カイドの生活はリシアの想像をはるかに超えた多忙なものだった。彼の仕事場は、戦場だけではないらしい。
いつも誰かしらの部下が周りにいて、小難しい話をしていた。
リシアは、そんな多忙なカイドになるべく負担をかけないよう、努めて明るく応えた。
「皆さま、よくしてくださいますから」