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婚礼を寿ぐための祝砲が、今か今かとその出番を待ち構えていた。
季節は春。
モンシェルリエテが陥落してひと月と経ってはいない。にも関わらず、晴れ渡った空の下、教会には正装に身を固めた国内外の貴人らが集っていた。
まもなく始まる婚礼を前に、皆、気難しげな顔を見合わせている。
彼の強国──フィリツアがまた力をつけてしまうと、不満と焦燥を募らせていた。
式の主役の片割れ、花婿はと言えば。
これまた着飾った主君を前に、教会の奥、控えの間で鬱屈を堪えるように佇んでいた。
「そう剝れるな。形だけの式だろう」
今回はさすがに無茶が過ぎたかと。アーノルドの口から、苦笑がこぼれでる。
「別に」
癖のない黒髪を香油で整え、式典用の、勲章やら階級章やらで飾り立てられた黒衣の軍服を纏ったカイドは、舌打ちでもしそうな勢いで視線を下方へと流した。
「剥れてなどおりません」
言い返したカイドの表情は、なるほど確かに普段のそれと大差ない。しかし、カイドと長く時間を共にしてきたアーノルドにはわかった。彼が、本当はまだ、ちっとも納得をしていないことが。
「……ふむ」
気持ちはわかる。
アーノルドだって、あの不遇な姫に同情を感じないわけではない。
そしてだからこそ、せめてまともな伴侶をとカイドをあてがってやったのだ。
そしてそれを、カイドだって一応は受けいれたはず。なのに。
ひとり用の豪奢なソファに腰掛けたアーノルドは、組んだ長い足の上に、屈むように頬杖をついた。
「此の期の及んで全く。他に手立てがないことは、お前だってわかっているだろう」
「……ええ」
「承服したのではなかったか」
「しましたよ、でも──やはり早すぎます」
きつく眉を寄せ。
リシアの気持ちを慮るべきだと、彼女がフィリツアに慣れるまで婚礼は待つべきだと、カイドは綺麗事を並べ立てる。
はっと、アーノルドは一笑に付した。
「またそれか」
しつこかったモンシェルリエテの制圧に成功しても、敵国の全てが──戦の全てが終わったわけではない。領土戦争はいつの時代も続いている。激化するか、しないかの違いがあるだけで。
アーノルドは金色の瞳を緩やかに煌めかせ、面白がるように口の端を上げて嗤った。
「面白い話を聞かせてやろう。昨夜だ。姫を寄越せと、幾つかの国が申し出てきた」
「……」
「皆、心やさしいことでな。どの国も殿下を祖国もろとも人道にもとって〝保護〟してくださるのだそうだ。──わかるだろ。あの子に、平穏など有りはしない。だったらおれとお前で守ってやるのも、ある意味は正義だと思わないか?」
カイドは応えない。
アーノルドが正しいと頭では理解していても、心が追いつかないのだ。
軍神と言えど、まだ子供か。
アーノルドは浅く息をつく。
「それとも、好みではなかったか?」
「……そういう問題ではありません」
「だろうな。あれは美人になるぞ。兵士たちの目の毒にならぬとよいが」
軽口を叩きほくそ笑むアーノルドに、カイドの片眉がぴくりと動く。
「形式上だけでも、彼女は私の妻になります。彼女の意に沿わない相手に、手出しはさせません」
「……頼もしいことだ」
と、その時。
狙い澄ましたように近侍が時刻を告げにきて、アーノルドは皇帝らしくゆっくりと立ち上がった。