5
「畏れながら、陛下」
壊滅してしまった祖国──モンシェルリエテの王室で、リシアは確かに人形だった。
フィリツアに奪われた領土を奪還しようと、リシアの父王が開戦したのは半年ほど前のこと。
その父王も戦場で討たれ、続いた兄たちもひとり、またひとりとフィリツア軍の前に斃れていった。
残された他の姫と妃は逃亡し──気付けば、王族は、リシア唯一人になっていた。宰相や大臣はこれ幸いと幼いリシアを担ぎ上げた。モンシェルリエテは女の王を認めない。ゆえにリシアが配偶者を持つまでは我々が後見につきます、とそれらしいことを言って、宰相らは、王室を牛耳ったのだった。
思い出す声。
──話しても、お分かりにならないでしょう?
親身を装った宰相は、明らかにリシアを見下していた。
幼いリシアには、権限も、情報すら与えられず、お飾りの姫として人形のように滑稽に敬われた。
それでも、生き残った今。出来ないことがないわけじゃない。
親友たちを逃がしたように、なにかの役には立つはずだ。
そうであって欲しい。でなければ──。
リシアは、震えそうになる唇を開く。
「降伏するにあたって、貴殿の将──カイドさまは民の命を狩りとらぬよう、約束くださいました。陛下も、ご承知おきくださいますか」
軍部会議もなにもかも、自国では蚊帳の外だった。
全てが知らないうちに決められ、定められ、なのにその全ては、リシアの名の下に行使されていた。
自分がいないみたいで、悔しかった。
「ほう、そのような約束をしたのか」
ちら、とアーノルドは、リシアの背後についたままのカイドに目をやった。
リシアが振り返り仰げば、カイドは淡々と口を開く。
「はい。あれ以上の戦闘は、互いに無益でしたから」
勝負は決していたのだ。
きっと開戦した直後から。
「なるほど。……わかった」
アーノルドは鷹揚に頷くと、頬杖をほどき、淡く微笑む。
「約束したからには、守らねばならないな」
「では……」
リシアがほっとしたのも、束の間。
続いたアーノルドの条件は、リシアにも、そしてカイドにすら想像の及ばぬ内容だった。
「ただし、こちらからも一つ要望させてもらおう。そこのカイドの伴侶となり、おれの配下に成り下がれ」
「……え?」
「……陛下?」
今、なんと……と、カイドが怪訝な声を発した。
リシアは言葉の意味をすぐには理解できず、反応に遅れる。
……伴侶? 伴侶とは、つまり、カイドの妻になれということだろうか。
てっきり、処刑か、よくて投獄されるものだろうと思っていたのに。
「え?」
思わず眉を寄せてしまったリシアに、アーノルドは口を大きく開けて笑った。
「なんだ、そのような顔も出来るのか。それが素ならば、良いことだ」
「陛下、お戯れは」
「戯れなものか」
アーノルドは声を低くして、これが冗談ではないと示す。
「モンシェルリエテを掌握する、またとない機会だ。王族がおれの臣下に入ったとなれば、周りの小うるさい国も、老人も、おいそれと手出しはできなくなるだろう」
実力だけでその地位についたアーノルドには理解し難い事実だったが、古い王家の血脈を尊ぶ輩は、少なからずいて、彼らを黙らせるには、その血を宿した味方に取り入れるのが、一番だったのだ。
カイドが唸る。