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「計画が崩れた」
最悪だった。
口論ののち、リシアを居室へ送り届けたカイドは、すぐにふたりの部下、ミリーとカスパルを呼び寄せた。それと並行して、給仕係にリシアの夕食は部屋へ運ぶよう指示したあと、自分はミリーたちを連れて、執務室に入る。即座の詰問──ルドの居場所を尋ねれば、案の定、部下たちは揃って首を横に振った。急ぎ確認させたところ、ルドは客室にもいないそうで、カイドは深いため息をこぼす。
「……リシアに、陛下との会話を聞かれた」
「……それまた」
「大佐らしくないヘマをしましたね」
驚く腹心たちを前に、そうだ。とカイドはきつく両目を閉じた。
アーノルドと密談を交わしていた時、そのすぐ隣、続き間にリシアがいただなんて、カイドは少しも気づくことが出来なかった。戦場を離れて久しいアーノルドならばまだしも、カイドは、現役の軍人だった。なのに気づかなかっただなんて。戦人としてこれ以上ないほど最悪な失態だった。もしもあの時続き間にいた相手がリシアではなく、敵国の人間だったとしたら、それこそ命すら危うかったのだ。
(気が抜けていたんだろうか)
モンシェルリエテを落としてからは、大きな戦もなかったから。
よくないことだと、カイドは意識を切り替えようとする。が、うまくいかなかった。つい先ほど向けられたリシアの泣き顔がずっと眼裏をついて離れないからだった。知らず、苦悶に眉をひそめる。少女の冷えた声と威嚇するような眼差しが哀れで苦しくて申し訳なかった。──傷つけてしまった。嘘は隠し通してこそだというのに。あの様子では、もうどんな言葉も届きはしないだろう。
思い、カイドは〝穏便〟な関係を構築することを諦めた。
リシアの言った通り、カイドたちはとどの詰まるところ、彼女が〝アーノルドの家臣の妻〟としてフィリツアに留まってくれさえすれば、それで良かったのだから。
(政略結婚)
そこまで考え、ふと思い至る。
もしかして、私は──
続き間にいたのがリシアだったから、慣れすぎて気づかなかったのだろうか。
薄く目を開く。自嘲がこぼれ出た。
初めから、近づくべきじゃなかったんだろう。
柄にもなく政略などに首を突っ込んだ結果が、今だとしたら。
けれどカイドはどうしても、あの絶望に沈んだ姫をどうにか笑顔にしたいと思ってしまったのだ。彼女の事情を知れば知るほど、尚更に。──剣を向けられ、朽ち果てようとしているその城にひとり取り残され、それでも民の命を請い願ったリシアに胸を打たれたその時から。
もしもあれが、神の力を宿すというグレーデン王家の血の成せる技なのだとしたら。狂信的とも言える彼の国民たちの異常も、頷けるというものだった。
(まさかな)
幻想小説でもあるまいし。
カイドは空想を振り払い、砂色の髪をした部下を見下ろした。
「ミリー、ルドくんの様子はどうだったんだ」
こうなった以上、リシアには一刻も早くレイルたちを説得してもらわなければいけなかった。そのためにも、ルド少年の安否はカイドとしても重要なことだ。リシアにこれ以上不信を抱かせるわけにもいかなかったから。
「様子って言われても……」
問われたミリーは、どこか居心地悪そうに顔を曇らせた。
「あの子、なんにも喋ってくれませんでしたよ。本当のことは」
リシアと交わしていた秘密裏の文通のことも。レイルとの繋がりのことも。ルド少年は、ミリーの追及をのらりくらりと躱し、熱心にアーノルドへの称賛を口にしていたという。
「……大佐が手を出すなって言うから」
時間はかかったし、それなのになにも聞き出せなかったと、ミリーは不満を口にした。カイドは教官のような口振りでミリーを諌める。
「当たり前だ。顔にあざでも出来たらリシアが疑うだろ」
「……見えない場所とか」
「ミリー」
「…………わかってますよ、賓客扱いしたらいいんですよね」
面倒そうに言ったミリーを睨み付け、カイドは頭痛を起こしそうになった頭を抑えた。
ともかく、アーノルドにも報告しなければ。
カイドはミリーを説教したあと、ふたりにはリシアの警護を命じ、他の者へは、レイルの監視を厳重にするよう指示をした。その足で、アーノルドの居室へ向かう。疲労は隠せなかった。
アーノルドは静かに顔を上げた。
「それはまずいことになったな」
「はい……申し訳ありません。全て私の落ち度です」
「謝るな。お前を責めているわけではない。綻ぶべくして綻んだのだろう。縁とはそういうものだ」
繋ぎ止めようとして止められるものではないと、アーノルドは低く囁く。
「ただ、出来れば姫には知られたくなかったな」
していることは同じだとしても。
アーノルドは虚空を見つめながら、カイドに二つの命令を出した。早急にルドを見つけることと、リシアとレイルから目を離さないことを。
「武力行使をすれば簡単な話なんだがな。お前もそう思うだろう、我が軍神殿」
皮肉めいた視線で笑んだアーノルドに、カイドはわずかにたじろいだ。
武力行使、いくさ──戦争。確かにその手を使えば、カイドたちは、このような周りくどい政策をとる必要はなかった。けれどその方法には、犠牲がつきもので──アーノルドはそれを憂い避けていた。モンシェルリエテを落とすまでにも、百を超える戦死者が出ていたからだ。彼は仲間を一等大事にしていた。
「陛下。リシアは、これからもフィリツアにつくと約束してくれました。無為に兵を動かす必要はありません」
「それならいいがレイルたちは──」
その時。言いかけたアーノルドの言葉を、激しく扉を叩く音が遮った。
「陛下! 大佐!」
何事だと、ふたりは目を剥く。
扉の向こうから響いたのは、カスパルの叫び声だった。問い返す間もなく、凶報を告げられる。
「やられました! 姫さんが、ルドに連れ去られました……!」
カイドは、信じられない思いで息を呑んだ。




