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「遅かったですね」
先に席についていたカイドの黒い瞳が、リシアを向いた。
嘘つきの目だ。
嫌な目だ。
普段通りなんてとても出来なくて、リシアは避けるように視線を逸らし、そぞろに集まっている面々を見やった。そこに──違和感を持つ。
「……ルドは?」
交流を深めるため──という名目で、ここ数日の晩餐には、必ずレイルやルドたちが出席していた。それをリシアは、めでたくも、再会できた自分たちへのカイドからの配慮だと、そう誤認していたけれど。実際はそれだって、リシアを手懐けるための算段に過ぎなかったのだと、今はそれがはっきりと解る。この国もあの国と同じだった。心が黒く塗りつぶされていくみたいだった。
その中のわずかな光。希望。
ルドがいない。
立ち尽くすリシアに、カイドが席を立って、近づいた。
「リシア? どうかし──」
「ルドはどこですか? 今朝ミリーさんに連れて行かれたんです」
人が話すのを遮るのは初めてだった。後味が悪い。
けれど口は止まらなかった。
カイドを見上げたまま、リシアは、問い詰めるように尋ねた。
「カイドなら知ってるでしょう? 彼女はあなたの部下だもの」
いつも一緒にいる。リシアよりも、長い時間。
「……確かに。ミリーにルドくんから話を聞くようには頼みました。ですが彼なら、昼過ぎには自由になったはずですよ。生憎、今どこにいるかは、私にも分かりません」
「嘘」
「嘘なんて」
「あなたは全部嘘です」
ふと、カイドが傷ついたように眉をひそめた。
「リシア、どうしたんです。なにかありましたか」
周囲に聞こえないよう、カイドは声を落とした。そうしてそっとリシアを覗き込む。いつものように。
「ルドくんが行方不明なら私も心配です。一緒に探しましょう」
「あなたが隠したんでしょう?」
「……そんなわけないでしょう」
若干苛立ったように言われたリシアは、そのまま「こちらへ」と手を引かれた。
晩餐会場を抜け出し、手近な一室へ連れ込まれる。
暗い部屋に灯りをともしながら、カイドは、リシアを振り向いた。
「一体どうしたんです。なぜ私が嘘をついているなんて」
「聞いてしまったんです。全部。だからもう、無理にやさしくなんてしないでいいんですよ」
きっぱりと言い切ったリシアを、カイドは目を見開いて見ていた。
低い、戸惑うような声がした。
「…………聞いた? 誰から、なにを」
「今朝、あなたとアーノルド陛下がお話しているのを。部屋で」
カイドは、自分たちがなにを話していたのかを思い出していたのだろう。数秒の間の後、憤った音が響いた。
「……リシア、あれは」
「いいんです。最初からわかっていたことですから。ただ──少し悲しかっただけです」
どこまで演技を続けるつもりなのか。カイドは必死に言い募ってきた。
「あなた達を警戒していたことは事実です。ですが、なにもかもが嘘というわけではありません。私は」
「わかっています。最初から〝取引〟でしたものね。この結婚は」
それなのに、勘違いしたリシアが悪いのだ。
傷つくリシアが脆いだけなのだ。
暗がりの中、カイドを睨みつけながら。リシアは、こぼれ出た涙が口元に届くのを不快に思っていた。潮の味がする。
それでも、ルドだけは助けなくてはいけない。
手の甲で涙を拭いつつ、リシアは〝外交〟を意識する。
「ルドたちが本心では陛下を良く思っていないのは、ほんとうです。わたしが燃やしたルドからの手紙にもそのことが書いてありました」
カイドは微動だにせずリシアをうかがっていた。
なにを考えているのだろう。わからない──わかるわけもない。
「わたし個人の考えとしては、このまま、わたしたちは、フィリツアの傘下にいるべきだと思っています。情けないお話ですがモンシェルリエテの復興に、フィリツアの助力は欠かせません。ですから、レイルもルドたちも、わたしから絶対に説得して見せます。時間はかかるかもしれないけど……決して武力による反乱は起こさせません。あなたたちには逆らいません。──だから、ルドは返してください」