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『姫さまのご先祖さまですよ』
夜はダンスやパーティーの会場にもなるという、広間の中央に、そのブロンズ像は鎮座していた。生きていた頃と同じ等身で作られたというその人形は、台座の上にあるため、リシアは、見上げる形になる。
──この人が。
同じように見上げながら、隣で、エマが言った。どこか誇らしげだった。
『初代モンシェルリエテ王、モンシェルリエテ・グローデンさまです。それはそれは素晴らしいお方だったそうですよ』
物言わぬモンシェルリエテ王の彫像。赤胴色の全身は、窓から注ぐ陽光につやつやと輝いていた。ほとんど裸の身体に巻きついた布は、足元でくしゃくしゃになっている。リシアと似通ったところなど、一つもない。──だからこの男性が血縁だと言われても、リシアは実感が湧かなかった。この男性だけではない。極まれに出席を強要される公務の場で、顔を合わせる親族の誰とも、リシアが親しみを感じることはなかった。
父王は目すら合わせてくれないし、兄たちは嫌味を投げてくるし、姉妹に至ってはリシアを上から下まで眺めては申し合わせたように口を揃えて貶してきた。そうやって、リシアは少しずつ、少しずつ、心をすり減らしてきた。
だから数日前。父が討たれたという報せを聞いても、心は少しも動かなかった。自分は、薄情なのだなと思った。兄たちのいう通り、卑しい心の持ち主なのだと。
国境線では、王位についた長兄がフィリツアへ報復戦を開始していた。
どうだってよかった。
毎日ぼんやりと死に暮らすリシアを見かねたのだろう。その日エマは、兄や宰相の目を盗んで、リシアを部屋から連れ出してくれた。見つかったら、彼女だってただでは済まないだろうに。
けれどエマは、リシアを連れた大広間で、揚々と話し続けた。
『ご存知ですか。モンシェルリエテ王は、神さまの声を聞く力を持っていたそうです。真偽のほどは定かではありませんが、残っている文献によれば、王の人柄は、おやさしく、快活で、でも、どこか抜けた方だったそうですよ。きっと、良い王さまだったのでしょう』
愛されていたのでしょう、とエマは目を細めた。
そうしてリシアを向く。両手で、手を握られた。
『姫さまは、尊いモンシェルリエテ王の血を引き継がれた方……。今はお苦しい立場かと存じますが、どうか、諦めないでください。きっと希望はございます。エマは、どんなことがあっても姫さまの味方です』
リシアは頷いてエマの手を握り返した。
『ありがとう、エマ。大好きよ』
早く大人になって、彼女を守れるようになりたいと思っていた。
これでもリシアは、王族の端くれだったからだ。
そして王族だからこそ──ここにいた。
(カイドは、わたしたちを疑っている。)
カイドとアーノルドが去ったのち、リシアも急いで私室をあとにした。気分は、最悪だった。
先ほどミリーがルドを連れて行ったのも尋問が目的なのだと思い至り、あまりの不安に嘔吐しそうになった。
かといってここでカイドを問い詰めてもほんとうのことは話して貰えないだろうし、ほんとうのことを話されたとしても、それは関係の破綻を意味することになる。打つ手がなかった。
わたしは、どうしたら。
そんな心理状況では当然、勉強に集中できるはずもなく、リシアは青ざめたままその日の授業を終えた。
昼食もほとんど食べられなかったのに、夕食の時間になっても食欲は湧かず、陰鬱な面持ちでリシアは晩餐の席に向かった。




