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軍神と氷上の姫  作者: koma
冬の訪れ
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「こっちよ、ルド」


 石造りの長い回廊を、リシアは先立って歩く。時折振り返りつつ、あちこちに人差し指や視線を向けては、口を開いた。


「あちらが騎士専用の食堂。向こうは武器庫。あの、少し遠い場所にある細長いのが礼拝堂よ」

「立派なものばかりですね」


 感心したように目を瞬かせるルドに、リシアは受け売りをそのまま伝える。


「ほとんどは、帝国になる前の王国の建造物をそのまま使っているんですって。建て直すには、お金も時間も人手もかかりすぎるから」

「それは合理的ですね」


 冷たい風の吹き荒ぶ、渡り廊下に差し掛かった。フィリツアの広い宮殿の、塔と塔を結ぶ屋外の架け橋だった。

 リシアは、おろしたままの銀髪を片手で押さえながら、ルドに向き直る。


「図書館の蔵書もすばらしいの。あとで行きましょう?」

「はい、ぜひ」


 微笑み頷き返してきたルドに、リシアも安堵の笑みを浮かべる。夢じゃない。たしかに目の前にルドがいることを実感して、胸はいっぱいになりそうだった。



 ルドと再会して、三日が経っていた。リシアはしばらく滞在することになったルドのために、フィリツア城内を案内していた。少し離れた後ろには、今日はミリーがついている。


 渡り廊下を過ぎ、並んでサロンに向かいながら、リシアは隣の少年を見上げた。


「ねぇ、ルド。もしかして、背が伸びた? そんな気がするわ」

「そうでしょうか」

「離れていたから、そう思ってしまうのかしら。前は毎日一緒にいたものね」


 首を傾げたリシアに「今度測っておきますね」とルドが微笑む。この数ヶ月、それどころではなかったのだろう。リシアは空白の時を思って、そっと眉をよせた。



 

 着いたサロンで、用意されていたお茶をいただきながら。リシアは、幾分、こけた頬はましになってきたルドに、モンシェルリエテの現状を尋ねた。


 国はどうなっているのか。城は? 残った人たちは? もしかして、食べ物に困っているのではないか? だからルドはこんなにも痩せこけてしまったのじゃないか。じゃあ、だとしたらエマは──?


 カイドから聞く情報を疑うわけではないけれど、離れていた間のルドのことを知りたかった。


 ルドは一瞬唇を引き結んだあと、知りうる限りを教えてくれた。大切な秘密を打ち明けるような、ひっそりとした声色で。


「姫さまもご存知の通り、モンシェルリエテは完全に崩壊しました。今は城も都も国境も、すべてがフィリツア軍の統治下にあります。アーノルド陛下の皇帝旗がそこかしこに立てられていて、まるで別の国みたいです。──もともと碌でもない国でしたから、おれはどうってことなかったですけど。やっぱりご年配の方や、市民の中には反発する人たちもいて、最初は暴動も起きていました」


 穏やかでない事実に、リシアは震えおののく。


「そんな」

「ですが、今は落ち着いています。姫さまがアーノルド陛下と契約してくださったおかげです。フィリツア軍は、決しておれたちを傷つけませんでした。自分たちがどんなに傷つけられてもです。アーノルド陛下とリシア様の交わした盟約は絶対だからと、拳のひとつも振り上げることはありませんでした。おれは、立派だとすら思いました」


 ──民を傷つけないと、約束くださるなら。


 投降する際、リシアが出した条件だ。アーノルドはほんとうに、ずっと守ってくれていたのだった。


「民は、姫さまは敵国の男と結婚してまで自分たちの身を案じてくれたのだと感激していました。さすがはグローデンの血を引く方だと。だから市民たちは、姫さまが耐えたなら、自分たちも支配下にあることに耐えようと決断しました。──暴動はおさまり、今は少しずつ日常を取り戻しています。食糧も問題なくいき渡っていますし……現金な話ですが、中には、税が軽くなったと喜ぶ人もいるくらいなんですよ」

「……そうなの?」

「ええ。おれはてっきり、これも姫さまが要望してくださったのかと思っていましたが」


 リシアは、首を横に振る。


「知らないわ。それにわたし、そんな立派な考えで契約したわけじゃない。あの時はただ、あなたとエマを守らなきゃと思って、それで」

「おれたちを守ろうとしたんですか……?」

「ええ。見つかったらただじゃすまないと思ったの。王族の誇りなんて、わたしにはなかったわ」

「……それで。──だからあなたは、民を傷つけるななんて条件を出されたんですか? お一人で捕まりながら?」

「ルドたちを守る方法が、それしか思いつかなかったのよ」


 言えば、姫さま、とそばで深いため息を吐かれる。


「ほんとうにあなたは、危なっかしい人なんですね」


 困ったように微笑んだルドは、笑顔はそのままに、膝上に置いたリシアの手に、すばやく〝なにか〟を忍ばせてきた。


(え?)


 それは、折り畳まれた小さな紙だった。


 隅で退屈そうに外を眺めているミリーは、気づいた様子はない。


 リシアは咄嗟に口を開こうとした。


 これはなに?


 けれどルドに阻まれる。


「ル──」

「すみません姫さま。これから、兄に稽古をつけてもらう時間なので」


 言いつつ、するりと立ち上がる。


 その口が、音もなく、だけどはっきりと告げた。


〝よる おひとりで〟


 夜に一人で読めと言う意味だ。

 なぜ?

 ミリーが聞いている場所では話せないことなのだろうか。リシアはそっと紙を握りしめる。 




 その夜。リシアは夕食も入浴もそぞろに終えてベッドにもぐった。


 続き部屋に、まだカイドが戻ってきていないことを確認したあと、蝋燭の灯りを頼りに手紙をひらく。そこには、ルドの本音が書かれていた。


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