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軍神と氷上の姫  作者: koma
姫と計略
34/52

34


 ルドと別れたリシアは、その足でカイドの執務室を訪ねた。もう何ヶ月も一緒に暮らしているというのに、彼の仕事部屋に入るのは今日が初めてで、とても緊張していた。



(お礼を言わなくちゃ)


 (はや)る気持ちを抑えて、カスパルに案内された部屋の扉を叩く。と、すぐに中から、仕事中特有の、カイドのかたい声が返ってきた。


「はい」

「っ……わ、わたしです。リシアです。お仕事中にごめんなさい」

「……え? リシア?」

「はい。少しだけお時間いいですか」


 一瞬の間の後。足音に続いて、勢いよく扉が開かれた。

 ドアノブに手をかけたまま、目を丸くしたカイドがリシアを見下ろしてくる。

 

「どうしたんです、ルドくんと話をしていたんじゃ……」

「はい。ゆっくり話せました。ありがとうございました」

「……もういいんですか?」

「夕食の時に、また会えますから」


 それより、早くカイドに礼を言いたかったのだとリシアは告げた。


「ルドたちの滞在許可を出してくださったの、カイドなんでしょう? ありがとうございます」

「いえ、私は何も。書類にサインをしただけですから──って。もしかして、それを言いにここまで来たんですか」

「はい」

「…………びっくりしました、てっきり、何かあったのかと」


 言いながらカイドは、リシアの背後、佇むカスパルを見やった。カスパルは、飄々と応える。


「大佐が心配なさっているようなことは、なんにもないですよ」

「……なら、いいけど」 


 カイドの執務室は、城の奥──軍の中枢部にあった。

 国の要とも言えるその場所には、当然、厳重な警備が敷かれていて。ここに辿り着くまでリシアは、何度も衛兵の集団や、幹部と思わしき厳めしい軍人とすれ違った。その慣れない雰囲気は、少しだけ怖かった。


 カイドが困ったように首を傾げる。


「言ってくれたら、私から会いに行ったのに」

「カイドは恩人です。恩人にご足労をかけるわけにはきません」

「恩人なんて」


 小さな苦笑ののち、柔らかな笑みへと変わる。

 

「でも、ルドくんたちが無事で本当に良かったですね」

「はい」

「やさしそうな子でしたね」

「はい、ルドはとてもやさしくて、それに勇気もあるんですよ。お城でもよく助けてもらっていました」

「それは立派な騎士さまですね」

「はい! エマもとっても素敵な子なんです。それにきれいで、かわいくてきっとカイドもびっくりするくらい──」


 言いさし、でも、そのエマは今、足を怪我しているのだと思い出す。にわかに顔を曇らせたリシアに、カイドは穏やかな声で言った。


「エマさんの怪我、早く治るといいですね。私も挨拶をしたいですから」

「……はい」


 立ち話もなんですから、と、リシアはカイドに、部屋に招きいれられそうになったけれど、彼の時間をこれ以上もらうのは忍びなくて、リシアは、首を横に振って断った。


 一歩下がって、彼をもう一度見上げる。


「……カイドにはどんどん恩がたまっていきますね。わたし、ちゃんと全部返せるかしら」


 冗談めかして呟けば、「返さなくて結構ですよ」とやさしく微笑まれる。


「私はリシアが無事なら、それでじゅうぶんですから」


 だから礼なんていらないと、彼はいつものようにそう言った。

 リシアが〝ここにいる〟だけでいいのだと。


「……」


 でも。それは。


 ──それは、政略結婚だからなのよね。


 ふとそんな当たり前の答えに至って、リシアはぼんやりと心をしぼませた。


 利害を考慮した〝契約〟。

 打算まみれの関係。

 そんなことはわかってはいた。けど。だとしたら。



 ほんとうの意味で彼に近づくことは、叶わないのだろうか。永遠に。



 カイドを、部屋の奥から差したオレンジ色の夕日が、あたたかく照らしだす。


 リシアは気付けば、口にしていた。


「……次は、ケーキに挑戦しようと思ってるんです」

「ケーキ?」


 唐突すぎて、不思議そうに尋ね返された。構わずリシアは続ける。


「はい。果物をたくさんのせようと思っています。……出来たら、また、食べてくださいますか」

「もちろんです。楽しみにしていますね」


 リシアは両手を握りしめた。


「……はい。がんばりますね」


 勉強も外交も。彼との関係も。もっとより善いものに出来るように。

 カイドとアーノルドの絆や、ルドやエマとの信頼みたいに。

 ──本物になれるように。


 リシアは希望を抱いて、カイドを真っ直ぐに見つめ返した。





 

 その晩。夕食の席で、ルドはリシアの真向かいに座っていた。(それもカイドの心配りだったのだろう。)おかげで会話は弾み、食事はいつもよりうんと美味しく感じられた。

 慣れない異国料理に驚くルドに、リシアは得意げに説明をして、足りない知識は隣のカイドから補足してもらった。「美味しいですね」とルドがカイドに緊張気味に声をかけ、カイドは「自慢の料理なんです」と返す。

 そこには、まだやっぱり溝があったけれど。

 リシアは自分が〝橋〟になるのだと意気込んで、積極的に会話に混ざった。



 ***



 まさかこんな()を使われるとは思ってもいなかった。

 晩餐を終え、私室で軍服を脱ぎかけていたカイドの背に、カスパルの淡々とした声がかかる。


「大佐。これはちょっとまずいかもしれないですよ。姫さん、めちゃくちゃあいつに懐いてるじゃないですか」

「懐くって……動物じゃないんだから」


 呆れ振り返りながらも、リシアの様子を思い出し、確かに懐いていたな、などと思ってしまう。あんなに元気なリシアを見たのは、カイドも初めてだった。


 


 

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