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軍神と氷上の姫  作者: koma
姫と計略
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「お兄さまとは、あまり似ていないのね」


 リシアは、ルドの深茶の髪を見つめて言った。細くてさらさらした、絹糸みたいにきれいな髪。レイルやアルガンのくすんだ赤色とは全然ちがう。ルドの髪色の方が落ち着いて好きだとリシアは思った。


「アルガンがあなたのお父さまだなんて知らなかった。教えてくれたらよかったのに」

「……父が、姫さまにどんな仕打ちをしているか知っていて、なのにおれは、止めることができませんでしたから」


 場所は変わって、王城の一室。

 ルドとたくさんの話をしたくて、リシアはカイドに頼んで部屋を借りたのだ。隅にはいつものようにカスパルの姿があったけれど、気をきかせてくれたのだろう、先ほどから扉の辺りでそっぽを向いている。


 長椅子の上でとなりあったルドは、しおれた植物みたい首をうつむけていた。太腿の横に置いた手を強く握りしめる。


「ほんとうに、すみませんでした」

「ルドがあやまることじゃないわ」


 リシアは身を乗り出すようにして、ルドのこぶしのそばに片手をついた。


「お父さまとあなたは別よ。アルガンはとても頑固な人だったし、わたしだって話なんて少しも聞いてもらえなかったんだから」


 いつだって冷めた瞳をしていた、怖い人。宰相アルガンにはひとつだっていい思い出はない。でも、ルドと彼は別人だ。たとえ血縁だとしても関係ない。

 けれどルド自身はそうと割り切れなかったのだろう。

 

「……あんなやつの息子だってわかったら姫さまに嫌われると思っていました」


 だから言いだせなかったと、こちらを向いたルドはわらうの失敗したみたいに顔をこわばらせていた。


「卑怯ですよね。すみません」

「……わたしそんなことでルドを嫌いになったりしないわ。あなたが誰の息子でどんな地位だって、ずっと大切なともだちよ」


 本心から言葉を紡ぎだせば、ルドはわずかに眉をよせた。泣くのを堪えるみたいに、唇を引き結ぶ。


「ありがとうございます、姫さまは、本当におやさしい。……おれは、これからもおそばにお仕えしていいのでしょうか」

「もちろんよ。いっしょにいて」


 勢いよく頷いたリシアに、ルドは泣きそうな笑顔を返してくれた。


「ほんとうは、もっとはやく助けたかった。あなたの手を離したくなんてなかった」

「……ルド」

「婚姻は、もう、どうにもならないのですか」


 カスパルに聞こえないようにだろう。ルドの声が小さく、同時にかすかに険しくなった。

 視線がリシアの左手に向けられる。その薬指には銀色の指輪がきらきらとかがやいていた。カイドがためらいながら嵌めた、結婚のあかしだ。


「……これが、条件だったから」


 終戦と、和平条約の。

 モンシェルリエテを掌握し、諸国を頷かせるため、アーノルドの計略だったから。


「おれのせいだ。おれがあの時姫さまをお守りできなかったから」

「違うわ。わたしがルドたちを守りたかったの。だから、あなたのせいじゃない」


 それにね、とリシアは言った。


 ここは断頭台すら覚悟のうえで訪れた国だったけれど。その日々はうそみたいにリシアにやさしかった。


 横柄だけど朗らかなアーノルドに、返しは適当でも話し相手になってくれるカスパル。最初こそ壁のあった侍女たちともこのごろは話せるようになってきたし教師役との関係も良好で──なにより、カイドの存在が大きかった。


 すぐにでも思い出せてしまう。おだやかな黒い瞳とやさしい声。

 

 思えば彼は、最初からリシアを気にかけてくれていた。

 おののくリシアに甘い菓子を差しだし、突然言い渡された政略結婚にも否とは言えないリシアの代わりに難色を示してくれた。アルガンたちみたいに、こどもだからと、愛妾の娘だからとないがしろにせず、ひとりの人間として扱ってくれた。

 それがどれほど嬉しいことだったか。カイドはきっと、リシアの心の半分もわかってはいまい。


 今だってほんとうは、許される状況ではないのだろう。

 見習いとはいえモンシェルリエテの騎士であるルドと、ふたりになるなんて。

 けれどカイドは、「積もる話もあるでしょう」とカスパルを護衛につけることだけを条件に、自分がいては気を遣うだろうからと席まで外してしまった。それを少し寂しいと感じたのは、たぶん、リシアが彼をとても好きだからだ。ルドやエマと同じくらいに。


「カイドはほんとうにやさしいの。だからわたし、ここで頑張って彼に恩返しをしたいと思っているのよ」


 ──宮殿内の兵士から時々、冷たい眼差しを受けることもあるけれど。


 それでもフィリツアでの生活は、モンシェルリエテにいたころよりもずっと安心できる、満たされたものだった。


「ほんとは、良かったと思うべきなんでしょうけど……」


 深い茶色の髪を片手で掻きながら、ルドは言った。   


「正直悔しいです。姫さまを取られたみたいで」

「まあ」

「……冗談です。────ご無事でよかった」


 言いながら、ルドが両目を細めて笑う。

 これで、ここにエマもいてくれたら最高の日だったのに。

 リシアは思いながら、大切な親友に、はにかみ返した。

 

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