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軍神と氷上の姫  作者: koma
氷上の姫
3/52

3

***


「……わたしのことはどうぞ、お気遣いなく」


 そう言ったリシアにふいと視線を逸らされ。


「…………わかりました」


 カイドは、そうと気取られぬよう小さく息をこぼした。



 自分は彼女の城を攻め落とした国の人間だ。だから嫌われるのは仕方のないこと。


 それでも年端もいかないこの幼い王女を護送するにあたって、カイドはカイドなりに気を遣ったつもりだった。寝る場所も食事にも気を配り、部下の女性兵士に衛生面の配慮を頼み、わずかにでもリシアの心身がやすまるようにと。


 しかし、そのすべては徒労に終わったようだ。


 目の前で警戒もあらわに身をかたく縮こまるリシアは、明らかにカイドを拒んでいる。 



(まあ、そう簡単にいくはずもないか)



 外から喧騒が聞こえてきて、小窓から見えた景色に、カイドは馬車がフィリツア帝国領に入ったと気づく。かたわらに立て掛けていた銃剣を掴むと、屈みながら腰を浮かした。


 と、リシアがこちらを向いて、銀色の長い髪が華奢な肩を滑り落ちた。大きな瞳と間近に視線が絡んで、なるほど。とカイドは息を呑む。確かにそれは、部下達がうるさく騒ぐほどの美貌だった。作り物めいた顔だちに、影を落とす銀のまつ毛、赤い小さな唇。



 神聖な王族の血を引く──少女。

 



 怯えたように見上げてくるリシアに、カイドはひとつ頷いた。


「帝都に入りました。まもなく城につきます。ここからは私も外で見張りにつきますから、なにかあれば小窓から呼んでください」

「……はい」


 いよいよ城に。

 不安そうに俯いたリシアに、カイドはやはり、なんと声をかければいいのかわからなかった。


 嘆息しつつ、速度を下げた馬車から降りる。

とたん、すぐに小柄な部下──ミリーが駆け寄ってきて左腕を軽く小突かれた。

 隊唯一の女性兵士だった。


「職権濫用。お姫さまを独り占めして、ずるいですよ」

「お前たちじゃ耐えられないだろ」

「そんなことはないですよ」


 にこにこと笑う、砂色の、短いクセ毛をしたミリーは、数日前の戦で友人を失っていた。笑顔を作ってはいても、嫌悪を隠しきれていない。


「ちゃーんとお世話しますよ。意地悪も少しだけしますけど」

「……お前の少しは少しじゃないだろ」


 問題児の部下を見下ろし、これ見よがしにため息を吐いても、彼女の心には響かない。どころか、不満げに唇を尖らせられた。


「それより少佐でしょう。昨日のお夕飯せっかく〝おいしく〟してあげたのに、台無しにしたの」

「あれもお前だったのか」


 呆れ言ったカイドに、ミリーはしれっとそっぽを向いた。──昨晩の夕食は、宿屋のシチューだった。リシアの護衛についていたカイドは、個室(錠付き)に運ばれてきたその食事が妙に薄赤に色づいているのに気づいて、試しに舐めてみたのだが。


 その味を思い出して、眉をひそめる。


「あれは辛すぎだ」

「可愛い悪戯じゃないですか」


 悪びれた風もなく、ミリーは肩を竦める。


 カイドのまとめる精鋭班は、ほとんどが忠実な部下で構成されているが、中には数名、こうした問題児が紛れていた。他の隊では扱いに困り、しかし腕は確かだから捨てるにはもったいない、貴重な戦闘員(こま)。要は、押し付けられているのだった。


 カイドは、静かに口を開く。


「ミリー」


 戦を仕掛けてきた国の姫ともあれば、憎く思ってしまう気持ちはわかる。わかるけれど。


「あの子はまだ子供だ。罰を受けるような責任はない。──もうするなよ」


 次は叱責では済まさないと、言外に込める。


「はぁい」


 懲罰などなんとも思っていないのだろう。ミリーは言って、前方の持ち場へと戻っていく。その後ろ姿を見送り、カイドは俯いた。あれは氷山の一角だ。隊の、軍の中には他にもリシアをよく思っていない者が少なからず、いる。


 そして、そうと分かっているから、リシアもあんなにも怯えているのだ。可哀想な子だと思った。


 帝国領の都に入れば、そこかしこに露天や店が見えてくる。


 ──こんなの、なんの慰めにもならないが。


 カイドは、露天商から子供の好むような菓子の詰め合わせを買うと、それを馬車の小窓からリシアに差し出した。


「どうぞ。甘くておいしいですよ」


 中のリシアは、突然入ってきたピンク色の菓子の包みに驚いている様子だった。


「……ありがとうございます」


 返ってきた声は変わらずかたい。けれど数秒ののち、包みを解く音が聞こえてきて、カイドはほんの少しだけ口元を緩めたのだった。

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