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軍神と氷上の姫  作者: koma
姫と計略
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「へえ」


 相槌を打ったカイドに、カスパルが眉を寄せる。


「すっげえ難しかったですよ。あの先生の話。ね、姫さん」

「難しい、というより、情報量が多かったですね。追いつくのが大変でした」

「おや、そうだったんですか」

「はい」


 老教師の熱弁を思い出して、リシアは頷く。

 アーノルドを敬愛していることがひしひしと伝わってくる、濃密な時間だった。


「特に、戦歴の章はお話が止まりませんでしたもの」

 

 指を折って数えながら、リシアは、カイドを仰ぐ。アーノルドにまつわるいくつもの逸話に、授業はその数だけ脱線した。


「敵将との一騎討ちが多かったのだとか、話術で投降させたとか、数では負けていたのに陣地戦略で勝ったとか、それから──」

「それから?」


 気付けば、穏やかなやさしい眼差しがすぐそこにあって。リシアは言葉を詰まらせた。


 彼の役に立ちたくて始めた勉強。

 要望を通してくれたアーノルドにも、ずっと護衛についてくれるカスパルたちにも、感謝している。でも、カイドに対するこの感情だけは、他のそれとは全く違っていた。そばにいると落ち着かなくて、なのに会いに来てくれることがとても嬉しくて。──苦しくなる。

 何だろう、これは。 


「い、色々、です」


 耐えきれなくて視線を外し、リシアは紅茶へと手を伸した。カイドも同じようにカップを手に取りながら、リシアを伺うように言った。


「わからない箇所があったら、私にも聞いてくださいね」

「……はい」


 フィリツア領の奥地でしか採取されないという、甘い花茶の香り。

 今はもう慣れたはずのその味も、彼のそばでは楽しむ余裕ももてなかった。



 夕食が控えているからと、菓子は二つ三つ摘む程度にして、そのままたわいない会話を続ける。

 授業はどれほど進んでいるか。

(これはいつもだけれど)困り事はないか。

 カイドに尋ねられ、リシアはその一つ一つに受け答えをした。


 そうして(主にカスパルによって)菓子が全てなくなる頃。

 カイドの声色が、変わった。

  

「実は、リシアに協力を願いたいことがあるのですが」

「……協力?」


 そんなに真剣な顔で、一体どうしたのだろう。

 不思議に思いながら、リシアは「もちろんです」と頷く。


「わたしに出来ることなら、何でもおっしゃってください」


 そもそもリシアは今、アーノルドの家臣なのだから。そんなふうに畏まられる必要はない。それでも命令口調でないのが、カイドらしいだなんて思ってしまう。


「それで、何をすればよろしいのですか」


 先を促したリシアに、カイドは少しためらった後、切り出した。


「……レイル・アルガンという方をご存知ですか」

「……レイル?」


 どこかで耳にしたような名前に。

 記憶を探って、はっとする。

 レイルという名に覚えはない。けれどその先、アルガンなら、いやというほど知っていた。

 それは、祖国はモンシェルリエテ──今は亡き宰相閣下の家名だったからだ。

 とっさに表情を変えたリシアに、カイドは厳しい顔つきになる。 


「ご存知なんですね」

「……レイルさまは知りません。ただ、そのお父上は」


 何度も会ったことがある。その全てが、悲しく、苦しい記憶ばかりだ。

 察したのだろうカイドは、声に一層の苦渋を滲ませた。


「リシア。……私も同席しますから、一度だけ彼に会ってはくださいませんか」

「レイルさまに?」

「敬称は必要ありません。身分はリシアの方が上です」

「……」

「会話も必要はありませんし、私のそばにいてくださるだけで構いませんから」


 だったらどうしてリシアを会わせようというのだろう。訝しむリシアに、カイドは続ける。


「レイルの他にも、モンシェルリエテの中枢下にいた者たちが貴女の無事を確認したがっています。無事を確認出来たら、大人しく我々の下に入ると」


(武力だけでは、政は立ち行かない)


 内政を勉強したばかりのリシアには、すぐにわかった。カイドのいわんとしていることも、その後ろにいるだろうアーノルドの考えも。


「……反乱を、穏便に回避するためですね」


 属国を従わせるには懐柔という手段もあるのだ。


 王族が自ら望んで傘下に降ったとなれば、さしもの臣民たちも諦めがつくだろう。

 もう二度と、彼らの人形にはならない。これはリシア自身の意思でもあった。


「わかりました。わたしも、同席いたします。陛下の臣ですもの」

「…………感謝いたします」


 これは元々、そんな契約──政略結婚だ。だからリシアが従うのは当たり前のことなのに。

 そうやって、眉間に皺を寄せて。ひどく心配してくれるカイドに、リシアはやはり親愛を隠せない。


「わたしは大丈夫ですよ」


 安心して欲しくて言ってみた。ほんとうに、彼がいてくれたら平気だと思っていたから。



   


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