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その翌日。
カイドが演習に出払っている最中のこと。
リシアは、アーノルドに謁見を願い出ていた。
「フィリツアを知りたい?」
向かいの席で繰り返したアーノルドに、リシアは、緊張を隠すことが出来ないまま頷く。
「はい。出来れば、より詳しい方にお願いしたいのですが……」
宮殿の奥まった一室。
アーノルドとこうして面と向かって話すのは、これで二度目だった。
場にはアーノルドとリシアの他、アーノルドの近衛兵と、カイドの命令でカスパルが、それぞれ護衛対象の背を守るように壁に並び、置物と化している。
アーノルドは紅茶のカップを口元に運びながら、黄金色の瞳をゆるりとリシアへ流した。
「それは別段、構わないが」
一口飲み、言う。
「なぜ、そんなことを?」
カイドたちと同じ漆黒の軍服の──しかし彼らとは違い、襟元の留め具を外したアーノルドは、なのにだらしなくは見えないから不思議だった。急所にもなりうる喉元を晒し続けているというのに、鷹揚に構えている、その余裕のせいだろうか。
いっそ雅にも見える皇帝を前に、リシアは、対抗するように背筋を伸ばす。
「陛下はわたくしに、家臣に降るようおっしゃいました。ですが今のわたくしは捕虜と変わりのない身。──少しでも陛下のお役に立ちたいと知識を欲するのは、自然なことではないでしょうか」
「それはまあ、有難い申し出ではあるが」
くく、と喉の奥を鳴らしたアーノルドは、獰猛な猫のように笑った。
「役に立ちたいのは、おれの、ではないだろう?」
「…………いえ、わたしは、陛下のために」
見つめられ、言いよどむリシアに。
「弁明はいい」
アーノルドは、全てわかっているという風に軽く息をついた。
そうして布張りの豪奢な長椅子に、ゆったりと広い背を預ける。
「貴殿のことは逐一報告を受けている。──カイドが気に入ったのだろう?」
「────……いえ、ですから、わたしは」
「昨日は手焼きの菓子を振る舞ったのだそうだな。仲が睦まじくて、良いことだ」
からかうように言われて、リシアは急に恥ずかしくなった。すっかり見抜かれている。
カイドの役に立ちたいと、彼に恩を返したいと思い立ち、フィリツアの師事を願い出たのは事実だ。
でも、こうして心の内を見透かされて。
決して口出しをすることはないとわかっていても、そばのカスパルにもしっかり聞かれているのだと思うと、逃げ隠れたくなった。
アーノルドはなぜか機嫌良さげに自画自賛する。
「な? 相手がカイドで良かっただろう。やはりおれの采配は完璧だな」
そう満足そうに頷いてから、つと話を戻す。
「そう、それで──フィリツアを知りたいのだったな……ふむ、詳しい者か」
顎に軽く丸めた片手を当て、目線を横へと流しつつ、しばし沈黙する。