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胸に燻る靄。
これがあまり良しとはされない感情──嫉妬だなんてことはわかり切っていた。
しかし、それでもミリーは口にせずにはいられなかった。
あまりにも鈍感で能天気なお姫様に、苛立ちを抑えることが出来ない。
それを受け入れているカイドたちにも、また。
「ちょっと甘すぎるんじゃないですか」
突如部下から発せられた苦言に、カイドは怪訝そうに顔を上げた。
「……甘い? 何が?」
本気で解っていないらしい。
その様子にも、腹が立つ。
ミリーは休めの姿勢のまま、背につけた拳をぐっと握りしめることで、込み上げた感情を押し殺した。
「お姫さまのことです」
決まってるでしょ、と心の中で付け足す。
今は作戦準備室──かつては王侯貴族たちの談話室だったその部屋には、まだその名残があって。凝った意匠の石柱や、天井には神々とされる緻密な宗教画が広がっていた。しかし残念なことに、今やそのうつくしさを解する者は誰もいない。
間も無く始まろうとしている会議を前に、無骨な士官たちが目もくれずその下に集まるばかりだった。
無論、その軍部会議にはカイドの出席も必須で。だと言うのに〝ひと月ぶりだから〟とぎりぎりの時間までリシアの部屋にいたカイドを、ミリーは半ば引きずるようにして連れ出したのだった。
『終わったらまた戻りますから。夕食は一緒にとりましょう』
そうあの子に言っていた、カイドの柔らかな横顔を思い出して、ミリーは強く唇を引き結ぶ。
──その境遇だけで彼に大切にされているリシアが、気に食わなくてたまらない。
彼女の国のせいで、こちらは大勢の犠牲がでたというのに。
戦場でら哀れな孤児を見かけると手を差し伸べてしまうカイドが、〝可哀想〟なリシアに肩入れするだろうことは最初からわかっていた。
けれどそれにしたってこれは、入れ込み過ぎではないだろうか。
彼女が欲しがっているからといって上等な調理器具の一式を揃えたり、貴重な調理の本を探してやったり、主戦力のカスパルを護衛に回したり。
あまつさえ彼は、危険なモンシェルリエテの奥地へ、彼女の友人とやらを捜索しに向かい、あやうく大怪我を負いそうになった。
なのに。そんなことを知りもしないあの子は、安全な宮殿でのんびりとお菓子作りをしていたのだ。
──信じられない
いくら子供といえど。絶句したミリーの隣で、しかしカイドは嫌な顔一つ見せず、歪な焼き菓子を口にしていた。
可哀想なあの子のために。
「──正直、大佐がそこまでなさる必要はないかと思いますが」
言ったミリーに、けれどカイドは今ひとつ理解し難いと眉をひそめるだけだった。
「ミリー……なにをそんなに怒ってるんだ?」
宥めるようなその声が、ひどく癪に触った。
周囲に配慮してだろう。密やかに言われる。
「あの子にはもうなにも残ってないんだ。少しくらいやさしくしてやろう」
そうこうしている内に、近衛を伴ったアーノルドが入室して、場にいた全員が立ち上がり、敬礼する。だから会話はそれきり中断してしまった、けれど。
ミリーの胸に燻った靄が晴れることはなく、濃度を、増すばかりだった。