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死神は名を、カイド・オルトナというのだそうだった。
揺れる馬車の中。
リシアは向かいに座ったカイドの胸元──軍服の階級章に目をやり、確かめるようにつぶやく。
「オルトナ……少佐?」
「カイドで構いませんよ」
淡々と言ったカイドは、やはり表情に乏しくて。リシアはそれ以上会話を続けることに躊躇してしまった。
あれから七日。
王城で捕らえられたリシアは、拘束具もそのままに四頭立ての護送馬車に乗せられ、なす術もなく揺られていた。両側面に設けられた小さな窓には灰色の鉄格子が嵌め込まれていて、景色を眺める気分にもなれない。
しかし幸い、その道中で、心配していたような暴力にさらされることはなかった。
リシアは、向かいで考え事でもするみたいに腕を組んで、口を閉ざしている若い将校を盗み見る。
(……わからない)
攻め落とした国の王女など、もっと乱雑に扱ってもいいはずなのに。
リシアに体力がないことを見越してか。カイドは、数時間置きに休憩をとり、夜には宿を──進路上いたしかたなく野営をした日には、個別に天幕まで用意して、食べ物も自分たちと同じ物を分け与えてくれた。(その間、やはり拘束はされたままではあったけれど。)
王族だったリシアを一応は尊重してくれるつもりらしい。
しかしこれは……とリシアはかすかに自嘲する。
自国にいた時よりも、うんと〝らしい〟お姫様扱いだ。
──これから自分はどうなってしまうのだろう。フィリツアの皇帝はどんなひとなのだろう。先の見えない将来が不安で仕方がない。
馬車が順調に進むにつれ、リシアの表情は自分でも気付かないうちに昏く陰っていった。
一方、会話の糸口をみつけようと思案していたカイドが、ふと、それに気づいて顔をあげる。
「リシア殿下? どうかなさいましたか?」
尋ねられ、リシアは慌てて首を振った。
「いえ。なにも」
「ですが、顔色が良くありませんよ。少しお止めましょうか」
「っ、結構です」
ついさっきも休憩をとったばかりだった。
ただでさえ厄介な存在だろうに、これ以上気を遣わせて、面倒な娘だと思われたくはない。その先にどんな仕打ちが待ち受けているかわからないから。
「……そうですか」
かたくななリシアに、カイドは伸ばしかけていた手を止め。困ったようにそれを自身の首元にまわして、耳の下辺りを撫でさすった。
心なしか鉄仮面のようだった無表情はわずかに崩れ、眉尻は少しだけ下がっている……ような気がした。
ためらうような間の後、リシアは、静かに名を呼ばれる。
「……リシア殿下」
「……はい」
「無理だとは思いますが、そう、心配なさらないでください」
「……?」
「アーノルド陛下は確かに……少し、変わったところのある御方ですが、女性や子供を傷つけるような方ではありませんし、私がさせません、ですから──難しいとは思いますが、そんなに警戒されないでください。……夜も眠れてはいないのでしょう?」
ほんとうに難しいことを言う。
リシアはきゅっと唇を引き結んだ。