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軍神と氷上の姫  作者: koma
新婚生活
17/52

17

振り返ると、リシアが見知らぬ老婆──に扮した男に、抱き抱えられていた。



少しでも過ごしやすくなるようにと。リシアを想ってのことだったけれど。

ああこれは失策だったと。


カイドは、冷えた頭で思った。



武具の調達や修繕など、いつもは軍の専用部隊に任せている。

手先が器用な者や負傷により戦線を離脱した兵士など。武具に精通した彼らの技量は申し分なく素晴らしく──だから本来カイドに、街の武具屋への用事など、あるはずもなかった。



しかし今日は、塞ぎ気味のリシアを城から連れ出す口実として軍刀を磨きに預けておいた。



ここ数年、銃や砲弾の開発が著しく進んだおかげで、どの国の戦法もめっきり変わっていた。カイドを含め、戦闘に剣や槍を用いるものは格段に減り。店主から受け取ったばかりのこの軍刀も、近頃では腰の飾りと成りつつあった。


だから。そうだ。わざわざこんなものを磨きに出す必要はなかったのだし、こんなことになるなら、リシアを城から連れ出すべきではなかったのだ。


苦いものが込み上げる。これはカイドの、失策だった。


──でも。

──都合のいい面もあった。


こんな場面においても、冷静に、利ばかりを計算してしまう非情な自分に自嘲しつつ、カイドは、銀色に輝く片刃のうつくしい剣を鞘から引き抜いた。


「その子を離せ」


言いしな、切っ先を男に向ければ、「ひっ」と短い悲鳴を上げられる。

老人かと思っていたが、存外若い。いって四十といったところか。


カイドは冷えた視線を、やや下へと向ける。


おおかた腹でも殴られたのだろう。

ぐったりしたまま、女装姿の男に抱えられているリシアは、その細い眉をきつく寄せていた。

痛かったろう。カイドは哀れみ、剣の柄を強く握り締めた。


一瞬も目を離したつもりはなかった。店主と話しながらもリシアの姿は視認していたし、なにやら話しかけられているのもわかっていた。

ただ、それがそうと変装した〝亡国の残党〟だと気づいたのは数瞬あとで。その点においては反省せざるを得ない。


「大佐!」


異変に気づいたふたりの部下──ミリーとカスパルがようやく店に走り入る。銃を構える彼らを制して、カイドは男に剣を振るおうと、した。





「──それ以上近寄るな!」


リシアを身体の前に抱えた男は、恐怖を怒号に変え、カイドを睨み上げる。

しかし、情けなくも膝は笑い、身体中からは今にも力が抜けそうになっていた。──冷えた闇色の双眸。カイドの、剣幕を前にして。


それでも、と男は奥歯を噛み締める。


蹂躙された祖国──モンシェルリエテの復興のため、なんとしてもリシアは連れ去らねばならなかった。なぜならこれは天からの思し召し──天啓だったからだ。



男が、生き残った同胞と共にフィリツアでの潜伏を開始したのは、今から十日ほど前のこと。


老婆に身をやつし、情報を集めていた最中。

街中に、銀色の髪と黄金の瞳を持つ少女──リシアを見つけたのは、偶然だった。



彼女は、フィリツアの皇帝に捕らえられ、強制的に結婚させられたのではなかったか。


どうしてこんなところに。男は渇望する余り見間違えたのかと、愕然と少女を追った。そして王女だと確信した時、心の底から打ち震えた。


こんな大勢人がいる中から見つけてしまうなんて。奇跡だ。運命だ!


そうして男は、この〝巡り合わせ〟を天からの啓示だと盲信した。リシアはこちら側の人間なのだから、取り返しなさいと言われているのだと、〝理解〟した。



だから。



男は杖に偽装していた細剣を、リシアの首に押し当てる。


「止まれって言ってるだろ! これはおれたちのものなんだ!」


もう一度奪われるくらいならと、男はリシアが痛がるのも構わず、力任せに細剣を押し当てる。


「近づけば娘の命はないぞ」


そうなればお互い〝困る〟だろうと、男はカイドにほくそ笑んだ。しかし。


「……離せと言っているんだが」


リシアを(さら)い、力づくで娶った青年将校は意に介した様子もなく歩み寄り。

ひゅっと。難なく男の手を、切り裂いた。


変装用に見繕った、小花柄のワンピースの布地が無惨に破れた。


男は恐怖に細剣を取り落とす。


「おま、え、今」


この、男。

痛みより、驚愕が勝った。


その速度と距離で、リシアに当たるとは思わなかったのか。


いや、致命傷でなければ、当たっても構わないと思ったのかもしれない。


男は、敗北に膝つく。と、支えを失ったリシアが前に倒れ──カイドがそれを受け止めた。


「リシア」


抱き止められたカイドの腕の中で、リシアは薄目を開ける。


「……カイ……ド?」

「怪我はありませんね」


リシアの喉元をたしかめたあと、カイドは走り寄った砂色の髪の部下に彼女を預けた。


次の瞬間──。研ぎ澄まされた黒曜石のような。深闇色の瞳が、男を貫いた。



そのあとは、地獄だった。



表情も変えぬまま、カイドは男の胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。気づけば背後にはもうひとり、フィリツア兵がいて、男は逃げられないことを悟る。


「ちょうどよかった」


カイドは、男ではなく、部下に向けて言う。


「残党狩りにも嫌気が差してたんだ。休暇が取りにくいからな」




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