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軍神と氷上の姫  作者: koma
新婚生活
16/52

16


「さっきさ──」


並び歩くカイドとリシアから距離を置いた後方。


護衛についたミリーとカスパルは、その背を見失わないよう、細心の注意を払い、追っていた。

〝お姫さま〟の機嫌とりも大変ねと憐れみつつ、ミリーは、リシアに話しかけるカイドの横顔を見やる。


ゆるく弛緩する唇と、細められた双眸。

戦場では決して見せることのない、穏やかな顔。

全く、読めない人だ。



「──思いっきり嘘ついてたわよね、大佐」

「だな」



カスパルが、くあ、とあくびを一つ。



「おれ、吹き出しそうになったもん」


同意しつつ、ミリーは武具店に入っていくカイドらを視認する。

先ほどふたりが休息がてら入った小さなカフェには、当然ミリーたちも入店していた。

死角だったから、お姫さまの方は気付いていなかっただろう。

喉を潤しつつ言っていたカイドの言葉を思い出し、ミリーはつと、眉を寄せる。



──〝特段、私が強いとかではなくて〟……?



どの口が。

戦場での彼を知りすぎているミリーとカスパルは、聞いた瞬間、思わず顔を見合わせた程だった。

軍神。

神さまにも匹敵する無比の武人。

その熾烈さを目の当たりにして魅了されない者は、きっと、いはしないのに。





帝都の中心街にあるその武具店には、すでに数名の先客がいた。


軍人、あるいは傭兵と思しき(いかめ)しい顔をした彼らは、商品を手に取ったり、店主と話しこんだりしていた。

〝値切り〟をしているのかもしれない。



「順番待ちですね」


困ったようにカイドが言ったので、リシアも頷く。


それから見回した店内、木板作りの壁面には、抜き身の剣や装飾の多い槍などが美術品のように飾られていた。


その下、木目調の棚や樽にも、多種多様の武具が揃っていて、中には包丁や鍬なんて物まで並んでいる。道理でお客さんが多いわけだと思った。

軍関係者だけではなく、市井の人々にも利用されている店なのだろう。



また別の棚に目を向けて見れば、フィリツア製なのだろう長筒型の銃や、使用用途のわからない大型の武具もあり、リシアは、軽く首を傾げてしまった。


カイドが言った。



「珍しいですか?」

「はい。少し」

「リシアには縁がなかったでしょうからね」



言われて、リシアはもう一度店内を見回した。

なるほど。

喜ばしいことではないけれど、戦場暮らしが長いカイドには、どれもこれも馴染みの深い物ばかりなのだろう。

あの、使用用途もわからない武具も含めて。



思いつつ、リシアは並ぶ包丁類に目を留めた。

いつか。全ての戦が終わって、包丁や鍬ばかりが並ぶ日が来たらいいのに。

リシアは料理を知らないけれど、覚えたいと思った。

食べてさえいれば、人は生きていけるはずだから。

──だってエマが、そう言っていたから。

ぼんやりしてしまったリシアに、カイドが問う。


「もしかして、包丁が欲しいんですか?」


咄嗟のことで誤魔化すことも出来ず、リシアは言った。


「はい……あの、料理の練習を、できたらと思って」

「……そうですか」


カイドは少し迷った様子を見せつつ、結局はその棚の前まで一緒に行ってくれた。

そこに並ぶ、大小、様々な種類と数に、リシアは感嘆する。


「色々あるんですね」

「そうですね。ちなみに、使ったことは」

「まだありません」


これから頑張るつもりだと言ったリシアに、カイドは一瞬かたまり、いよいよ真剣に悩み始めた。


「……どれが危なくないかな」

「リンゴを剥いてみたいです。うさぎ型に」

「……承知しました」


唸るカイド──。

と、店の奥から店主がカイドを呼ぶ声がして。

順番が回ってきたことを告げる。

リシアはもう少し考えたくて、カイドを見上げた。


「ここで見ていても良いですか?」

「はい、すぐに戻りますから」


カイドは頷くと、足早に店の奥へ向かう。

その直後だった。

横から突然、淑やかな笑い声が届いたのは。


「ふふ」


驚き見やれば、リシアの隣には品の良さそうな老婦人の姿があった。


白いハンドバッグを肘にかけ、もう一方の手には歩行補助用の杖を持っている。


皺の刻まれた目元を細めながら、老婦人は済まなそうに言う。


「ごめんなさいね。仲の良いご兄妹だと思って、つい」

「……いえ」


帝都の住人なのだろう。

小花柄のワンピースを身につけた老婦人は、穏やかにリシアに話しかけた。


「すてきなお兄さんね、ふたりでお買い物?」

「はい。あの、兄ではない、のですが」


律儀に否定しつつ、かと言って夫婦だと説明するのも正しくはないような気がして、リシアは言葉を詰まらせた。


リシアの左手薬指で光る指輪を見て、老婦人は悪戯っ子のように微笑む。


「ふふ、ごめんなさい。わかってるわよ。本当はご夫婦なんでしょう」

「! ……えっと」

「いいのいいの。全部わかってるから。──無理やりだったんでしょう? かわいそうに」

「…………え?」


いつの間にか。にこにこと笑いながら言った老婦人の大きな(・・・・)手が、リシアの手首をぎり、と握りしめていた。

痛い。

その力強さにリシアは硬直する。

しかし次の瞬間には、老婦人の顔がひどく近づいていて。


「お探ししていたんですよ、姫さま。今、助けて差し上げますからね」


耳元でしたのは低い男の声だった──。


「……ッ!」


戦慄した。


鈍い衝撃の後、リシアは腹部に痛みを覚えて、身を崩した。歩行補助用の杖で突かれたのだと気づいた時には、遅かった。老婦人──ではない、壮年の男がその身体を抱き止めて笑う。取り返したと、勝ったと、呟きながら。


事態に気づき振り返った青年の本性をまだ、知らないでいられたからだ。


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