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十代で佐官──。
いくらリシアが世情に疎いとはいっても、さすがにそれが異例の出世だということくらいは理解出来た。だから、漏れ出る声は上ずる。
「すごい……ですね」
驚き目を丸くするリシアに、カイドは困ったような笑顔で応じた。
「あの。本当に特段、私が強いとかではなくて、単に人手不足なんですよ。領土も広いですし……売られた喧嘩は全部買うものだから。あの人」
最後に付け足した、うんざりしたような声は、アーノルドへ向けたものだった。
リシアははにかみ、口元を緩める。
最初はそう思う余裕もなかったけれど。
カイドとアーノルドは、主従というより、仲の良い友人のように思えた。
歯に衣を着せぬ物言いといい、互いに悪態をつき、それを許容しているやりとりといい。それはきっと、長い月日と共に築きあげたもので。
殺伐とした王城しかしらないリシアには、ひどく羨ましい光景でもあった。
隣の席から、年頃の少女たちの、明るい声が届く。洋服の話をしていた。
カイドたちが戦いの末に手にした、安定した治世の。
帝都の昼下がり。
リシアは残りの果樹水を飲み切る。と、先に飲み終えていたカイドが壁掛けの時計を見遣った。
「そろそろ出ましょうか」
「はい」
リシアを連れ出す口実として作ってくれただろう用事。これから、修繕のため預けておいたという彼の剣を取りに、武具屋に向かう予定だった。
リシアは頷いて帽子を手に取る。
今日は、ほんとうに様々を知ることが出来た。
帝都のこともそうだし、カイドが幼い頃から戦場にいたことや、フィリツアの過去と現状、それから、彼の年齢も。
でも、出来るならやっぱり、あと少し。あともう少しだけ踏み込みたい──。多忙なカイドと、次にこうして話せるのはいつになるかわからないから。
勇気を。
リシアは振り絞る。
「あの、カイド──」
漆黒の瞳が、こちらを向いた。
──お願いです
──戦を、止めてください
それは城が落とされる少し前。勇気を振り絞って宰相に言った、リシアの声だった。
しかし。
──は……?
一瞬の間の後。ぷっと、宰相の吹き出すような嘲笑がして、リシアの勇気は、発言は、あっけなく、一蹴されてしまった。子供がなにを、と別の低い声もした。
踏み込んだ議会の間。
囲う大人たちの小馬鹿にした、蔑みと、面倒だという感情がありありとぶつけられたあの空間、瞬間が、リシアの喉をきつく締め上げる。
それでも。
このままでは先に進めないから。リシアは勇気を振り絞るのだ。
「カイドがお好きなものは、なんですか?」
「え?」
────また、突拍子もないことを言い出すお嬢さんだと思った。
上着を着かけたカイドは、その体勢のまま、正面の少女を見下ろす。
「えっと……」
……好きなもの?
私の?
「それは、食べ物など……ですか?」
「……! な、なんでも構いません」
リシアはどこか慌てたように、切羽詰まったように視線を泳がせた。心なしか、頬が赤く染まっている。
「その、カイドにお礼がしたくて」
「礼?」
益々わからなくなって問い返したカイドに、リシアの声は消え入りそうなほど小さくなる。
「……ごめんなさい、いきなり、変なこと聞いて」
「いえ、それはいいのですが」
とりあえずもう一度着席しながらカイドは問う。
「あの、お礼って……なぜ?」
今日のことなら、リシアを誘い連れ出したのはこちらだったし、むしろ礼をするなら自分の方だと思っていた。
服でも靴でも髪飾りでも。
帝都を歩いている間、彼女が気に入りそうなものがあれば、──とは言ってもきっと自分からは言わないだろうからそれとなく観察して──プレゼントしようと。
思っていた、のに。
リシアは顔を赤らめたまま言う。
「ずっとお世話になっているから──と思って。でもわたし今はお金もありませんし、カイドが好きな物もわからないから、渡すのは遅くなってしまうかもしれませんけど。でも、知りたくて」
「……」
カイドは困惑した。
たぶん。彼女はひどく悩み。──悩み、悩んで口にしてくれたのだろう。いつも言葉少なで、なにを考えているのかよくわからない。遠慮がちなこの子が。
(嬉しい)
保護した仔猫は、また少し、警戒を解いてくれたらしい。デートの成功に、カイドは笑顔を浮かべる。
「お気持ちだけで十分ですよ」
「でも」
「本当に。リシアが健やかに過ごしてくださるのが一番ですから」
しかしリシアは首を振る。
「だ、だめです。教えてください、せめて色とか、好物とか……」
「なんだと思いますか?」
「え? ……え?」
逆に質問を返され、素直に考え込むリシアを、笑いを堪えつつ、見つめる。
──姫はまだ、お前にも心を開かないのか?
今ならアーノルドに、はっきりと否を返せると思った。




