表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍神と氷上の姫  作者: koma
新婚生活
14/52

14

──なにか。お返しが出来たらいいのに。


往来の一角、カイドに手を引かれて店に入りながら。

リシアはふと、そう思った。


結婚する前もしてからも。こうしてリシアを気にかけ、なにくれとなく世話を焼いてくれるカイドに、なにか──なにか感謝を示したい。言葉だけではなく。強く、そう思った。

けれど、関係の浅いせいで、リシアにはカイドがなにを好きでなにを喜ぶかが分からない。

それなら。


(聞いても、いいのかしら)


店員に誘導された奥の席、ふたりがけの丸いテーブルについたリシアは、向かいで上着を脱いでいるカイドを見上げた。と、黒曜石色の瞳とかちあい、やさしく言われる。


「ここなら帽子がなくても大丈夫ですよ」

「え、えっと……はい」


頷き、リシアは顎下で結んでいた絹のリボンをほどきにかかる。

彼と目があった瞬間から、なぜか鼓動が早くなっていた。

落ち着きたくて、視線を逸らす。




結婚式の日。これからは好きにしていいと、自分の気持ちを言っていいと、そう言ってもらえたのは嬉しかった。変わっていこうと思った。でも──。


──人形は人形らしく。


自分でも知らないうち、無碍に、残酷に、宰相たちにかけられた言葉(のろい)がまだ、リシアの喉をきつくきつく締め上げていた。ここはもうモンシェルリエテではないはずなのに。



「好きなのを頼んでいいですよ」


勇気を出さなければ。

思い惑ううち、タイミングを逃してしまう。

リシアは「どうぞ」と渡された、葉緑色(ミントグリーン)の小洒落たカードのようなメニューを読みながらも、よく分からなくて、一つ一つ説明してもらう。それでもどんな味かうまくイメージできなくて、結局、注文はカイドに任せてしまった。カイドは面倒がる様子もなく、店員に果汁水を二つ頼む。


店員が去った後。情けなさに、リシアは「すみません」と縮こまった。

向かいのカイドは、心底不思議そうにきょとんとした。


「なにがですか?」

「…………その、全部、お任せしてしまって」


店選びも、食べる物すら……。

俯き加減のリシアに、しかしカイドは「そんなの」と穏やかに眉を寄せる。


「まだリシアはなにも知らないんですから、当たり前ですよ」


──〝まだ〟

未来を示唆する言葉に、リシアはそっと希望を抱く。カイドが続けた。


「私も協力しますから、ゆっくり慣れていきましょう」

「……はい」


思わず綻ぶ。まただ。またやさしい兄のように、そう言われて。リシアは肩の力を抜く。

同時に、先ほどよりも強く、やっぱりなにか、彼に報いたいと思ってしまった。

なにが出来るだろう。

行動も制限されて、最低限の知識しか与えられなかった自分なんかに、なにが。

こんなにも素敵な人に。


と、リシアはアーノルドが冗談のように口にしていた彼の呼び名を思い出して、言った。


「……そう、言えば」

「はい?」

「カイドは、お強いのですよね。軍神と呼ばれているのだとか。アーノルド陛下が教えてくださいました。とっても鼻が高そうでしたよ」

「…………そうですか」


軍神なんて呼び名。従軍する身としては、栄誉な称号なのだろうと思っていたのに。しかしカイドは──珍しくあからさまに、嫌そうに顔をしかめた。

まずい話題だったのだろうかと、リシアはひやりとする。


「ごめんなさい。呼ばれるの好きじゃなかったですか?」

「いえ、そういうわけではないのですが。……こそばゆいというか、受け止めきれないというか……特に陛下のそれは、ほとんどからかい半分ですから」


言って、気を取り直すように表情を改められる。


「私は、十の頃から戦場に立っていますから。その分、武功が多くて──だから皆そう呼んでくれているだけですよ」

「十……?」


今のリシアより、三つも下だ。

そんな頃から彼は銃弾と剣戟の中にいたのかと、驚き声を上げたリシアに、カイドは苦笑する。


「陛下が帝国をまとめあげる前は、それこそ小国の小競り合いが凄まじくて。この辺りの戦場では、子供でも戦っているのなんて珍しくもなかったんですよ」

「そんな……」


歴史の勉強で領土戦争や継承戦争のあらましを学びはしたけれど──。現実では、そんな小さな子供まで駆り出されていたなんて、知らなかった。

リシアはきゅっと唇を噛み締める。

怖くない、はずがない。

けれど、対峙するカイドはしかし、なんてことないように続ける。きっと、雰囲気を軽くしようとしてくれていた。


「気候が良くて広い土地は、その分欲しがる人が多い。自然、争いの種になります。何千年も前から繰り返されてきた私たち人間の本能、縄張り争いですね。──だから、それは今更、仕方のないことなんでしょう」


言われて、リシアは納得する。

戦い続きの土地。それは、モンシェルリエテだって同じだった。長い歴史の中で国土を奪い奪われ、だんだんと消耗し、とうとう滅亡してしまったけれど。


透明の果樹水が二つ運ばれて来て、喉を潤したあと、リシアは言った。


「でも、陛下はほんとうにカイドに感謝していましたよ。今も帝国を維持出来ているのは、あなたがいるからだって」


カイドは「うーん」と迷うように、照れ臭いのを隠すみたいに微笑む。


「……だと、いいんですが」


その顔は、いつもの生真面目なそれではなくて、リシアは胸が締め付けられたように嬉しくなる。少しだけ、かわいいなんて思ってしまった。もっと知りたい。会話を続けたくて、言った。


「でも、従軍が十歳からなら色んなことを──……」


言いかけて、あれ? と思った。

フィリツアが立国を宣言したのは、今から七年前だ。その頃にアーノルドと知り合ったというのなら。カイドは、今。

リシアは混乱して尋ねる。


「カイドっておいくつですか?」

「? 来月で十八ですが。そう言えば、お伝えしていませんでしたね」


すみません、と穏やかに謝られる。リシアは、目を瞬かせることしか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ