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なるほど。
カイドは苦く目元を歪めた。
リシアの謎が少しだけ解けてゆく。
最初からおかしいとは思っていたのだ。
ひと月前のあの日。モンシェルリエテの崩れかけた王城で、彼女と対面した時。
なにを犠牲にしても死守すべきはずの姫君に、なぜ護衛のひとりもついていないのだと。
だからカイドは数瞬、身代わりかと疑いもしたが、その王族特有の容姿と証である紋章指輪を持っていたことから、リシアを王女と断定した。
どの道、実権を握っていた宰相たちの首は落とした後だったから、彼女を捕らえさえすれば、どうにでもなると思ったのだ。
けれど。
ただ、一点。
目の前の少女があまりにも幼すぎたから、剣を向け、拘束することに躊躇いはあったけれど。
──その謎が、解けた。カイドは呆れ、嘆息する。
とどのつまり、最初からリシアは放って置かれたのだ。
お飾りの王女に護衛をつける余裕など彼らにはもう有りはしなかっただろうから。
アーノルドが薄笑いを浮かべたまま、金色の双眸をゆらりと眇めた。その視線は、地図上のモンシェルリエテに落とされていた。
「母親は長らく王の寵姫だったそうだ。待望の赤子で、けれど母体は丈夫ではなく──リシアはその美姫の命と引き換えに生まれ、寵姫を失った王は、娘を恨んだ」
──ひとりには、慣れている。
同情したカイドの胸を、つきりとした痛みが走る。
妾の子として、彼女がどのような扱いを受けてきたかは想像に難くなく、憐れみが増していく。
父親には粗雑に扱われ、家来には傀儡にされ、今はこうして、敵地に連れられ望まぬ結婚を強いられて──。
フィリツアに来てからもずっと、延々と寂しげに生き暮らす少女は、いったいなにを考えているのだろう。口数の少ないリシアの本音はわからない。無理にわかる必要もないはずだが。
思いながらあふれたカイドの声は、かすかに掠れていた。
「……それでも、生かされていたのですね、リシアは」
「血統を尊ぶお国だからな。おいそれと処分できなかったのだろう。あるいは他に使い道があると考えたか」
どちらにしろ不愉快な話だった。
リシアを政略の駒にしているカイドたちが言えることでもなかったが──相手の場合、血が繋がっている分、余計に質が悪い。
と、アーノルドが首を傾げた。
「それはそうと。姫はまだ、お前にも心を開かないのか?」
カイドは一瞬口籠もった。
リシアの様子を見るに、最初の頃より嫌われてはいないと思う。だが、心を開いているかと問われれば、是とは言い辛かった。
だから迷い迷い、答える。
「ええ……次の休暇に城外へお連れしようと思いますが。なにぶん、仕事が減らないもので」
最後の方を少し恨みがましく言ってやれば、アーノルドは心外だとばかりに両目を見開いた。
「モンシェルリエテの残党はおれのせいじゃないだろう? あれの掃討もお前の役目だ。遠からず妻を守ることになるのだからな」
「……」
現在、モンシェルリエテは完璧にフィリツアの掌握圏に入っている。
しかし未だに正当王位を主張し、リシアを取り戻そうと画策する輩は残っていて──その襲撃に、カイドも翻弄されていた。
アーノルドが挑発するように言った。
「リシアを奪われぬよう、くれぐれも頼むぞ。我が牙、軍神殿」
「……仰せのままに」
アーノルドに真似て、わざと恭しく返せば、彼は面白がるように犬歯を見せて笑った。




