10
「そうですか」
安堵したような、微かな笑みを向けられる。
わかりにくいけれど、カイドはそんな風に笑うおとこのひとだった。
(不思議だわ)
リシアもつられて、口元を緩く綻ばせる。
穏やかでやさしくて、絵に描いた騎士さまのようなカイド。彼が本当の兄さまだったら良かったのにと、リシアは小さく嘆息した。
──祖国には腹違いの兄が四人もいたけれど、その誰ひとりとしてリシアを気にかける者はいなかった。皆個々の地位を守ることにいっぱいで。リシアなど無視するか嫌悪するかのどちらか。あるいはその身分を傘に怒鳴り散らすような怖い人ばかりだったから。
けれどもし。もしもその王子のひとりがカイドだったら、モンシェルリエテはもう少しマシな国になっていたかもしれないし、リシアだって孤立から守ってもらえたかもしれない……。
詮無い吐息を飲み込んで、リシアは、紅茶のカップに手を伸ばした。
向かいから、カイド言った。
「すみません。もっとゆっくり話せる時間があると良いのですが」
もう行かねばならぬ時刻らしい。
モンシェルリエテを陥落せしめた功績などで、カイドは大佐へと昇格していた。その上、アーノルドの近衛も任されるようになったとかで、いつもどこかへ出掛けている。
リシアは構わないと首を振った。
「いってらっしゃいませ。どうぞ、お気をつけて」
立ち上がりかけたカイドは、けれどどうしたのか、腰をあげることもなく、リシアを見つめた。難しい顔をして言う。
「……おひとりにさせてしまっていますね」
そんなことか。
リシアは眉尻を下げつつ笑った。
「わたしは大丈夫です。かえってご心配をおかけしてしまって、すみません……」
ひとりなど慣れきってしまっているリシアには、この程度の放置など、ほんとうに大した問題ではなかった。
けれど受け取るカイドは、わずかに苦笑する。
「……次の休暇は、買い物にでもお連れします」
「? でも、必要なものは頂いてますし」
「では私の用事に付き合ってください。街もご案内します」
「……」
これは──もしかしなくても、また気を遣わせてしまっている。
リシアは申し訳なくなって、どうしたら自分はひとりでも平気だと、大丈夫だなのだと伝えられるかを悩んだ。
迷い迷い、言葉を紡ぐ。
「あの。わたしは……」
「はい」
「モンシェルリエテでも、ひとりの時間が多かったので」
「……」
注がれるカイドの視線が、少しだけ痛かった。
「なので、そんなに心配頂かなくても、大丈夫ですよ」
訪れる沈黙。
カイドはなにごとかを考えている様子だったが、時間切れの方が早かった。
「リシア、あなたは」
「大佐、お時間ですよ」
テラスの扉を開いて現れた、カイドの部下の女性兵士──確か名をミリーと言った──が、急かす様に彼を呼び、連れ立って出て行こうとする。
たぶん、彼女には殊の外よく思われていないのだろう。
カイドの背を押すミリーが一瞬、こちらを振り返る。隠そうともしない嫌悪に満ちた眼差しは、許さないと告げているみたいだった。
なにを、とは思わなかった。
そんなことは、分かりきっていたから。