第8話 勇者、他国に赴く【補足】または「その蜂蜜には蛇の毒が混ざっている」
「では、大司祭殿。そのようになさいましょう」
勇者ファラーマルズが魔法国へ出向いている間。
聖光教、聖家派の派閥長、大司祭。
派閥幹部、シモン・ペテロ。
同じく派閥幹部、ブッタデウス。
3名は派閥の幹部会と称して密談していた。
この幹部会を理由に、魔法使節団から大司祭を引きはがすことに成功した。
より正確には、勇者ファラーマルズの手から、である。
「しかし、大司祭殿も大変ですなぁ。あのようなバケモノのお守りとは」
シモン・ペテロが言葉をかける。
慇懃ではあるものの、嫌味ではない。心からの同情だ。
「この身の不徳の致すところよ。女神様からの神託もない」
「女神様は、この私に何を為せというのか。どうしろというのか。分からぬ」
久しぶりにファラーマルズから解放され、大司祭は少し安堵している様子だ。
愚痴の一つも出ようというものだろう。
「どうです、これを機に宗旨替えしては。我らはいつでも歓迎ですよ」
ブッタデウスが大司祭を茶化す。こちらは、完全に嫌味だろう。
「ならぬ! そなたらとは、一時的に手を組んでいるだけのこと」
「私が教皇になるくらいなら、異教徒でもそなたらの息がかかった者が教皇になったほうがマシだ」
「何より私が教皇になると、あの勇者の思惑が進んでしまう。それが怖いのだ」
「それは我らとしても同じこと。それに、我らが擁立した教皇候補も、完全に我らと同じ派閥というわけではないのです」
「これは、インノケンティウスを失った我々にとっても苦渋の決断なのですよ」
シモン・ペテロが大司祭をたしなめる。
両者が利益を得る関係ではないし、決して片方だけが得をするわけでもない。
しかし、あの勇者ファラーマルズが丸得してしまう事態だけは避けねばならない。
ただその一点だけで、この歪な同盟が結成された。
「しかし、そなたらが擁立した教皇候補が、またもインノケンティウスという名だとはな」
大司祭の疑問ももっともなことである。
「我々が元居た世界での名でね。教皇は同じ名前になりやすいのですよ」
「『竜の勇者』によって引っ立てられ、捕えられたのは、インノケンティウス8世」
「もはや、生きているのか死んでいるのかも分かりませぬ」
「今回我々が擁立するのは、インノケンティウス12世です」
忌々しそうにシモン・ペテロが説明する。
そして、ブッタデウスが補足した。
「清廉潔白。質素倹約を旨とした、誰からも尊敬される男です」
「まさに、教皇の……我々キリスト教徒の鑑ですな」
「それゆえに、操りにくい。金銀や権威ではなく、信仰によってのみ動くのでね」
大司祭は、シモン・ペテロやブッタデウスたちの勢力のなかにも、いろいろあるのだな、と思った。
同時に、とうとうこいつら、聖光教徒じゃない、謎のキリスト?教とか言うヤツだってこと、自白しちゃったよ、とも思った。
「(はぁーーっ、女神様ぁ、どうか啓示を、神託をくだされ)」
「(そろそろしんどい、というか、だいぶ前からしんどいですぞぉーっ)」
大司祭は自然と聖光教の聖なる祈りのポーズを取った。
そしてシモン・ペテロとブッタデウスは、忌むかのようにそれから目を背けた。
「勇者が放った“蛇の甘言”の効果は、彼がこの地を離れたことで薄れています」
シモン・ペテロは、目を背けたまま話している。
「そう。今しかないのです。我々の解呪の聖遺物と財力もすべて使って、根回しは終えました」
「勇者に気取られない、今しかありません」
同じくブッタデウスも目を背けたままだ。
「では、教皇指名の場で会いましょう」
目を合わせず、うつむいた祈りの姿勢のまま大司祭は答えた。
3人はそれぞれの思惑を抱えて、教皇指名を行う国王主催の会議の場へと向かっていく。
彼らを物陰から見つめる、ただならぬ気配を放つ仮面の男に気づかぬままに。