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第1話 竜の勇者、転移す【2/2】または「紺碧の空に、彼の星は再び輝く」

 中年の男は、蛇がうような目つきで大司祭の顔をめつける。両肩から生えた蛇の目は、蛇そのものの目つきで見つめている。当然のことだ、蛇なのだから。

 人間の顔が口元を歪めて……おそらく、これが彼の笑顔なのだろう……邪悪な笑みとともに言い放った。

「大司祭とやら。そなた、良い顔を、実に良い顔をしておる。我が部下にふさわしい。この世界での部下第一号にしてやろう。喜びむせぶが良い」

「まずはこの世界のことを説明せよ。余の支配を受ける幸運に浴する、この世界のことをな」


 両肩の蛇の目に見つめられるよりもなお、真ん中の人間の頭に付いた二つの目で睨まれるほうが恐ろしかった。


 大司祭にかけられた窒息魔法は、すでに解かれている。

 そういえばこの壮年の男は、我々の世界の言葉をしゃべっている。極めて流暢に。

 大司祭は肩で息をしながら必死に考えを巡らせていた。

 女神による言語習得の加護があっても、ここまで適応できるものだろうか。

 通常は、召喚儀式のあとに「言語適応」の魔法を三段階程度に分けて実行し、慣らしていくはずだ。

 この中年の男は、今まで召喚された『竜の勇者』とは違いすぎる。


 他の世界から来たはずだが、この世界の隷属魔法の性質を見抜き、いつでも発動できるように待機させていた魔法をすでに解呪ディスペルしている。

 あまつさえ「お粗末な魔法だ」と看破した。

 そもそも隷属魔法は、確立した魔法体系における高度で安定した魔法のはずだ。

 簡単に解呪ディスペルできるわけはない。魔法構造を読み解き、その不備を見つけたとでもいうのか。

 ありえないことだ。そんなことが本当に可能なのか。

 この中年の男は、今まで召喚された『竜の勇者』とは、あまりにも違いすぎる。


 大司祭の頭を、ふと、先ほどの思考が駆け巡る。

 --竜の勇者ではない、()()()()が召喚されたのかもしれない。--

 だとするならば、何が召喚されたのだ?

 我々は、何を召喚してしまったのだ?

 大司祭は今度こそ、心の奥底から湧き上がる恐怖によって蒼ざめた。

 権力闘争の果てに彼をこの地位にまで押し上げた、生来の勘が彼に告げる。

 この男に逆らってはならない。


「その蛇こそ、、、間違いなく、、竜の力の、、御印みしるしでございます。

 竜の、勇者様。どうか怒りをお鎮めください。我らの願いをお聞きください」

 窒息魔法の影響か、まだ息が苦しい。自発的な呼吸ができない。それでも、大司祭は息も絶え絶えに話し始めた。慎重に、言葉を選びながら。


「ふむ。支配魔法をかけようとしておいて、願いを聞けとは何を今さら。願いを聞こうと聞くまいと、強制的に従わせる気だったのであろう。まぁよい、余の好みの手法ではある」

「いかにも余こそ、そなたらがすがる最後の希望、『竜の勇者』だ。倒したい敵がいるのだろう。暴君か? 魔王か? 余にすべて任せておけ」

「邪悪な魔王を討伐した経験がある。の暴君ジャムシードは、不遜ふそんにも700年もの長きに渡り玉座についておった。玉座から引きずり下ろし、のこぎりで真っ二つにしてやったわ。二人の娘も奪ってやった」

「そしてもちろん、この国も余に任せておけ。1000年ほど、王として国を治めた経験もあるゆえな。この国の王は在位何年目だ? 100年か? 200年か? 余に比べれば素人であろう」


 大司祭は悟った。これはおそらく、神罰なのだ。

 魔王出現という王国の危機を利用し、神の奇跡で私腹を肥やし、罪なき少年少女を派閥闘争に利用してきた、自分に対する神罰なのだ。

 彼の言葉には、嘘がない。

 魔王をたおした経験をもつ勇者であるというのも、本当なのだろう。

 そしておそらく、1000年もの間、いずこかの国を治めていたというのも、本当なのだろう。

 エンシェントエルフやヴァンパイアロードが治める国ならば、在位期間が数百年を超えることも珍しくないと聞く。

 今回呼び出した『竜の勇者』は、50年から長くても80年程度の寿命しかもたない定命じょうみょうの人間族には、計り知れない存在なのだ。

 だがこの有り様(ありよう)は、まるで勇者と言うよりも、魔……


「大司祭。まずは飯だ」

「この世界に転移して来るとき、この世界の女神とひと悶着あってな。余は疲れておる。そなたらの世界の女神であろう、そなたがこの疲労の責任を取れ」

「ひとまず、脳が食いたい。若者の脳2人分だ」


 大司祭は残酷な確信を得た。

 間違いない、彼は魔王だ。

 女神様がどうとか言っているが、あまり耳に入ってこなかった。

 さすがに人を食われるわけにはいかない。

 殺されずに弁明できるだろうか。

 お前を食ってやるとか言われないだろうか。それとも、いっそ食われたほうが楽になるだろうか。


『竜の勇者』は、周囲の高位司祭に「謁見の間」がどこにあるのか訪ね回っている。

 王に謁見して何をするつもりなのか。

 本当に王位を奪う気なのか。

 我らが国王様をしいたてまつるつもりではなかろうか。

 まさか、のこぎりで真っ二つに!?

 もういい、早くこの私を食ってくれ。

 なか自棄やけになった大司祭は、『竜の勇者』の案内を始めた。


「ところで、一応聞きますが……。脳を食べたいとは、まさか人間の?」


「無論だ。他に何がある」

「若者2人の脳が食いたいと言ったではないか。この世界の魔法はお粗末なのだ、せめて料理はまともであってくれよ」

「早く若者の脳を調理せよ。両肩の蛇たちが食いたいと騒いでおる」

「……まぁ、なければヤギの脳でもいいが」


「ヤギ、ヤギにしましょう! うちの国のヤギの脳は、それはもう絶品ですよ!」

 小姓だった頃の太鼓持ちスキルが活きるときがきたようだ。

 たしか、邪教徒が悪魔を生み出す儀式のために、牛の脳を調理していたという記録が残っていた気がする。なんとかして、最高のヤギの脳料理で満足してもらわなければ。

 大司祭は、完全に自棄やけになった。


 王の威厳と悪魔の魔力、蛇の残酷さと戦士の武力。

 竜の力を宿した勇者にして魔王は、この世界に降り立った。

 一度は陰ったかれの星は、紺碧こんぺきの空の下で再び輝き始めたのだ。

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