第2話 竜の勇者、最初の任務【2/3】または「神敵、ブッタデウス現る」
「ファル様。いよいよ、神家派の重鎮との会談でございます」
大司祭が勇者に、倒すべき敵について伝えてから数日。
すぐに会談の準備をし、予定を早めて会談にこぎつけた。
なぜなら、毎日毎日、勇者は人間の脳を食べたがったからだ。
「(脳を食べたいって、何か特別なときの要求じゃなかったのか)」
「(毎日2人の脳を食べ続けてきたとは、この『竜の勇者』様、完全にヤバすぎる魔王だ……)」
大司祭はいろいろ苦悩し、心を痛め、なんとかして状況を打開しようとした。
早く会談し、敵対派閥に『竜の勇者』様をぶつけなければ。
最悪、派閥間闘争に負けてしまうかもしれないが、この恐るべき魔王に目をつけられたままでいるよりは、はるかにマシであろう。
豪奢な応接間、兼、会談場に勇者を通す。
勇者は、中央の主賓席に当然のごとく鎮座した。まるで自分が主役であると言うかのように。
もはや何も言うまい。
今日に至るまで、やれ脳が食いたいだの、やれ落とし穴を掘って敵を落とせだの、散々な要求をされ続けて来たのだ。
そのたびに媚び諂い、諫め、ときには強い口調で、命をかけて宥めてきた。
いよいよ、敵対派閥である神家派の重鎮2人と勇者が相まみえる。
会談を急いだため、派閥長のインノケンティウスは欠席している。
副代表のシモン・ペテロ、そして不死身のご神体でもあるブッタデウスが現れた。
勇者は立ち上がり、何やら長い口上を述べ、2人を席へ促す。
さすがは王の経験者というだけあって、ある程度の礼節は心得ているようだ。
「おお、太陽よりも徳が高く、海よりも深い考えをもつ者たちよ」
「遠いところをよく来てくれた、2人の聖なる者。どうか、そなたらの頭上に不幸の風が吹くことがありませぬように」
「さぁ、どうぞ栄光の席につき、余とあなた方の未来について話し合おうではないか」
勇者は、その舌には甘い蜜を乗せながら、その心根は邪悪そのもの。
彼ら2人をいかにして害そうかと考えていた。
シモン・ペテロが豪華な来賓席に座りながら謝辞を述べる。
ブッタデウスも同様だ。
ブッタデウスのほうがやや言葉少なだが、むしろ世間に慣れているような、世俗的な雰囲気を感じる。
不死身で長命と聞いていたため、もっと超然とした存在を意識していたが、意外なことだった。
「新しく降臨なされた『竜の勇者』様。ファラーマルズ様。お噂はかねがね伺っております」
「私の名はシモン・ペテロ。どうぞお見知りおきを」
「私はブッタデウス。此度の『竜の勇者』様は、なにやら特別なのだとか」
「どうか、良い関係を築きたいものですな」
「ははは、お二方、そう畏まらずに。どうぞ余のことは気楽にファルとお呼びくだされ」
「我らは同じ国に生き、恐ろしい敵である魔王を倒さんと欲する、仲間ではありませぬか」
これも意外なことかもしれないが、勇者は、思いのほか礼節と弁舌をもって会談を進めている。
奸計を隠しつつも、相手の出方を探っているのだ。
もしかしたら、大司祭の側についているよりも、もっと良い側につこうと画策しているのかもしれなかった。
大司祭をも欺く、より大きな奸計を謀っているのかもしれない。
「今日は、そちらの対立教皇様にお会いできず残念ですな」
「ときに、聖なるお二人。その聖性をお見せいただくことはかないませんかな?」
「余の竜の力も、ご所望とあらばいつでもお見せできますぞ」
ゆったりと、しかし確信的な面持ちで、勇者は立ち上がった。
「これが、余の竜の力の一部ですぞ」
両肩を開けると、肩に生える恐るべき蛇を露にした。
次の瞬間その2匹の蛇は、爆発的な瞬発力でシモン・ペテロとブッタデウスに襲い掛かる。
シモン・ペテロは、蛇の瞬発力よりもさらに早く、奇妙な姿勢と見たこともない魔力制御により、浮き上がった。
座ったままの姿勢で両手の掌を下に向け、フワリと、そして驚異的な速度で浮遊した。
これが噂に聞く、シモン・ペテロの飛行術か。
ブッタデウスは、為す術もなく蛇に襲われる。
人の頭部は、重量にして、およそ体重の10%にも及ぶと言われている。
ブッタデウスはいまや、勇者の肩から生えた蛇によって、体重の1割を減らされてしまった。
「おお、これがファル殿の『竜の力』ですが。なかなか変わっておりますな」
何事もなかった、というように、シモン・ペテロは浮遊しながら言い放つ。
ブッタデウスの首からの出血はすでに止まっている。
まるで逆再生でもするかのように、失われた1割……すなわち、頭部が生えてきた。
勇者の肩から蛇が生えている様も不気味ではあるが、ブッタデウスが再生する速度と異様さは、それよりもいくらか不気味さが勝っているように感じられる。
いまや、少しだけ衣服を血に濡らしたブッタデウスが、何事もなかったように話し始めている。
「私の聖性は、これで証明できましたかな、ファル殿?」
「どれ、シモン・ペテロ師。次はあなたの番ですな」
ブッタデウスに促されると、シモン・ペテロは浮遊しながら魔力を練り始める。
この世界に存在する魔法体系とも、勇者がこれまで見てきた魔法とも異なる、未知の魔力流を感じた。
「たしかに、たしかに。ファル殿だけに力の証を見せていただいたのでは、申し訳ないですからなぁ」
これから悪戯をする悪童のように、シモン・ペテロの口元が歪む。
だが、その後に行われたのは、悪戯と形容するには少し行き過ぎた行為だった。
迸る魔力の奔流が収束し、光の束となって降り注ぐ。
一本一本が致命的な威力と熱量をもった、地上を焼き払う神の怒りの顕現であろうか。
十分すぎるほどの魔法的な防御がなされた会談場であったが、為す術もなく焼き焦がされていく。
実は、光の柱が貫通しないだけ、この会談場に施された魔法防御は強固なものであったのだが、この場にいる誰もがそれを知りえない。
全身にいくつもの大穴を開けられた勇者が、そこに立っていた。
「ほほう、これはなかなか聖なる攻撃ですなぁ」
言い終わる前に、すでに再生は完了している。
ブッタデウスの不気味な再生ほどの速度と完璧さではない。
だが、凄まじい速度で肉が盛り上がり、骨を、神経を、筋肉を作り、皮膚で覆い、あっという間に元通りとなった。
失われた布類も、魔力の糸によって再生が始まっている。
両肩の蛇も頭がちぎれ飛んでいたが、あっという間に次の頭が生えてきた。
シモン・ペテロはすでに飛行術を解き、先ほどと同じ椅子に着席している。
勇者は、喜びのあまり、また歪で背筋が凍るような笑みを浮かべている。
この者たちは、自分たちの陣営にいる『竜の勇者』などよりも、よほど恐ろしいバケモノであろう。この出会いは、なんとか有効に使わねば。そう値踏みしているのだ。
「これで、我々の聖性は感じ取っていただけましたかな?」
「いやはや、御見逸れしましたわい。これほど聖なる存在には、なかなか会ったことがありませぬ」
この勇者がもつ異質な邪悪さを感じ取ったのか、シモン・ペテロも恐ろしげな笑みを浮かべ、述べ始めた。
「どうですかな、ファル殿。腹を割って話し合いましょう」
「我らは敵対するのではなく、手を取り合うべきではありませんか」
「お近づきの印に、我が秘密の一端をお聞かせいたしましょう」
「私の本名は、シモン・マグス・“ペテロ”と申します」
「“ペテロ”とは、さる高名な聖人から、その聖性と一緒に買い受けた名前なのです。聖職売買によってね」




