マデロさんとクエストさん。
学園にはクエストさんと呼ばれる人がいる。絶賛彼氏募集中の二十四歳のクエストさんはダンジョンにまつわる様々なクエストを統括していて、なにかと小遣いの足りない学生はよく世話になっている。
「あらあ! 服部くーん! クエスト? クエスト? クエスト受けに来たんでしょ? やーだー! もう、どんどん受けてってね! ほら、これなんてどう? 購買部の道条くんからのクエストなんだけど、E3クラスのアニマを十個! 大至急必要なんだって! 報酬は、えーと、おお、なんと100ガクエン! きゃー、みっちゃん、太っ腹ぁ!」
いろいろ解説が必要だけど、まずクエストさんはテンションが高い。
なにか危ないクスリでもやってるんじゃないかと思うくらいテンションが高い。
そのテンションでまくしたてられたら、その気がなくても、いつの間にかクエストを受けているのだから、クエストさん恐るべし。
それとみっちゃんこと道条さんは購買部の人なのだけど、クエストさんとは幼馴染らしい。知的でクールで背の高い男の人で、クエストさんがかける迷惑の八十パーセントは道条さんにふりかかる。
そしてガクエン。これは学園でだけ通用するお金である。基本的にはカタカナ表記だが、園と円をかけた駄洒落であることは間違いない。
マデロさんはこのガクエンが許せないらしい。マデロさんが生きていたころのメキシコでは悪い地主が自分の土地にある雑貨屋でしか通用のしないお金もどきで給与を支払っていて、しかもそのお金もどきはたいてい普通のペソよりも価値が低く、農民たちは知らず知らずのうちに搾取されていた。
「だから、ガクエンはいけないと思うのです」
「えー! マデロちゃんはガクエン嫌い? でも、みんなガクエンを欲しがるんだけどなあ」
これは本当だ。
ガクエンは原則、電子マネーとして学園内だけで通用することになっているが、昨今の経済危機で円やドルは価値を落としているため、ガクエンは外でも普通に通用する。噂ではハワイでも通用するらしい。
ちなみにガクエンと円の交換レートは100対1だ。つまり、100ガクエンは一万円と同じ価値がある。
だから、もしマデロさんが親切心のつもりで100ガクエン支払われるところを100円に変えれば、僕は怒れるクラスメートたちからマデロさんを逃がすために忍術の粋をつくさなければいけなくなる。
誠実さがときに己に牙を剥くこともあるが、マデロさんは基本的に善意の人でちょっとおっちょこちょいだから、たぶんそのへんの微妙さに気づかないだろう。
さて、そうこう言っているうちに僕は道条さんのためにE3クラスのアニマを十個集めるクエストを受けることになった。クエストさんなら、南極の真ん中でかき氷を売りつけることだってできるだろう。
道条さんの購買部はすぐそこ、クエストさんのクエスト紹介所と廊下一本を隔てた対面にある。クエストで稼ぎ、購買部で使う。まこと経済とはうまくまわるものだ。
クエストについてはクエストさんにそのクエスト受けますと言えば、それで手続きは完了だ。その後、クエストさんはそのクエストで知っておくべきことについて全部教えてくれるし、知らなくてもいいことについても全部教えてくれる。僕らは情報過多の時代に生きる現代人だから、本当に必要な情報だけを厳選する必要がある。だから、道条さんに会いにいくのである。
購買部。
売っているのはノートや消しゴム、鉛筆、ポテトチップス、焼きそばパン、履歴書、記念の懐中時計、刀、銃、剣、槍、仕込み杖、魔法の書、取っ手付き手榴弾などなど。
道条さんはただの購買部ではない。学生がダンジョンから持ち返ったアニマで様々な武器や防具、魔法の道具からポテトチップスまで作成できる『第一級アニマ加工士』なのだ。ちなみに国家資格である。
カウンターの後ろで文庫本を読んでいた道条さんは顔を上げると、ため息をつき、
「分かってる。あのバカに頼んだ件だろ?」
「はい。それで――」
「余計なおしゃべりは死ぬまでなおらないさ。必要なことだけかいつまんでおこう」
道条さんについて誤解をまねくといけないので挿しはさんでおくと、道条さんはナイスガイである。クールだけどクールなりに気を配れるし、言葉使いもクールなりにフランクにすることができる。気難しいタイプのクールとは違う。むしろ、とっつきやすいクールだ。クエストさんに関することだけ口が悪くなるが、道条さんは物心ついたときからクエストさんのマシンガントークで蜂の巣にされ続けたのだから、勘弁されるべきだろう。
いまだって、ほら、マデロさんに気さくに話しかけている。
「やあ、マデロさん。ダンジョン・テキーラ、大人気だよ。このあいだ卸してもらった分はもう全部売れた」
「正しくはメスカルです」
「まだ在庫があれば、そのメスカルを引き取りたいんだけどな」
「分かりました。ダンジョンから戻ったら準備しておきますね」
「助かるよ。ああ、それと、前に頼まれた蒸留装置だけど」
「できましたか?」
「まだ足りないアニマが二つある」
「今回のクエストで揃いそうですか?」
「残念だけど。完成したら、すぐ知らせるよ。でも、マデロさん。いつものことだけどきまってるね」
マデロさんはいつもシルクハットをかぶり、燕尾服に赤白緑のサッシュをかけている。メキシコ合衆国大統領の礼装だ。
「わたしの制服みたいなものです。プレジデンテって呼んでもいいですよ? えへん」
前から見ると大統領、後ろから見るとペンギンに見えるのだが、そのことについては言わないでおこう。