寒空に震える君を救うため、僕にそのマッチを全て売ってくれ
その少女は裸足でマッチを売っておりました。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
マッチが売れるとまるで命が助かったかのように、何度も頭を下げる少女。
仕事帰りの街灯の下。最初はただの好奇心でした。
「マッチを一つ」
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
青年は何か汚れた水で心が潤う気がしましたが、その水は甘く一度味わうと忘れられない味がしました。青年はそれから毎日少女からマッチを買いました。買う度に頭を何度も下げる少女が面白くて仕方なかったのです。
ある日、仕事で帰りが遅くなった青年は、足早にいつもの街灯の下を通りました。
すると壁にもたれ掛かるようにしゃがみ込んだ少女を見つけました。少女は寒さで震え手をすり合わせて寒さに耐えていましたが、青年を見つけると、直ぐさま立ち上がり駆け寄ってマッチをすすめて来たのです。
「マッチはいりませんか?」
青年は薄汚れた好奇心で問い掛けました。
「どうしてコイン一枚のマッチの為に遅くまで働けるんだい?」
少女は困った顔をして暫く考え込みました。そして小さな声で語りました。
「マッチを全部売らないと家に帰れないの……」
それを聞いた青年に衝撃が走ります。心にヒビが入り、汚い水がしみ出てくるのがわかりました。青年は少女が持つ籠のマッチを全て買いました。
「ええっ!? あ、ありがとうございます……!!」
少女は今までよりも更に深いお辞儀をしました。そしてフラフラと覚束無い足取りで去って行く少女の後をこっそりと追いました。
少女の家はみすぼらしく、窓も割れて家の中に雪が入り込んでいました。
「酒を持ってこい!!」
突如父親の怒る声が聞こえました。少女が家を飛び出し、すぐにお酒を抱えて帰ってきました。
「足りねぇぞ!! マッチを売ってこい! 全部売れるまで帰ってくるな!!」
少女は再び寒空の中、マッチを持って歩き出しました。
そんな少女を見て、青年は初めて自分の心が汚れていた事に気が付きました。そして割れた窓から中を覗き驚きました。怒っていた父親は、青年の働く工場の元工場長だったのです。
経営不振の責任を取らされ辞めさせられた工場長が、その後どうなったのか知らなかった青年は、酒浸りになった男を見て愕然としました。
次の日、青年は少女に靴を買ってあげました。
少女はとても喜び何度も頭を下げました。青年はその度に頭を下げるのを止めましたが、少女は何度もお礼を言いました。
次の日、少女は素足に戻っていました。
何と父親に靴を取られ、酒と交換されてしまったのです。青年に怒りが込み上げてきました。しかし、青年はぐっと堪え、今度はちょっとだけ履き古した中古の靴を少女にあげました。
次の日、少女の顔に痣がありました。
靴を貰うなら酒を貰えと、父親に叩かれたのです。青年は自分のしたことが少女を傷付けてしまった事にショックを隠しきれませんでした。そして頭を下げて少女に謝りました。マッチも全て買い、青年は静かに手を振り帰りました。
次の日、少女の持つ籠の中には溢れんばかりのマッチが詰められていました。
青年が少女から何度もマッチを全て買うので、マッチが売れていると思った父親が、マッチの数を増やしたのです。青年はまたしても自分の行いが少女を苦しめてしまった事に、とても憤りを感じました。
次の日……青年は仕事を失いました。元々の経営不振が更に傾き工場が無くなってしまったのです。青年は酒を買って瓶の蓋を開けました。魅惑的な匂いが辺りに広がります。そしてその酒を口に入れようとして少女の顔が思い浮かびました。
青年は躊躇いました。かつての工場長がそうだったかのように、今の自分も同じ道を進んでいるのではないのだろうか? 今の自分は過去の工場長であり、工場長は未来の自分ではないのだかろうか……?
青年はお酒を捨てました。
足が隠れてしまう程に積もった雪が、青年の行く手を阻みます。こんな雪の日にでも、それでもいつもの街灯の下には少女が居ました。
「マッチはいりませんか?」
少女は凍える体に震え、立つのもやっとでした。
青年は少女を抱きしめました。力いっぱい抱きしめました。そして少女を誘い、新たな地で仕事を探すことにしました。
青年はその手にクワを。少女は籠に花を。
二人は時間が経つのも忘れ仕事に励みました。
少女は時折、父親に手紙と花を送りました。青年も野菜とパンを送りました。
暫くして、父親から手紙が返ってきました。
それは、少女が居なくなり酒浸りの自分を悔い改める内容の手紙でした。
少女と青年は一枚の写真を送りました。
少女と、青年と、小さな赤ん坊が笑顔で写る、素敵な写真を―――
読んで頂きましてありがとうございました! (*´д`*)