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2.Far Contact-2

 敵艦隊は、さざ波が寄せるようにしてやって来た。

 自艦センサー、それから外部に放った()()()()群が、検知した異常を断続的に伝えてきたことでそれがわかった。

 船団進路の前方、しかし、距離も方角もバラバラな場所に、何処よりからか複数の航宙船群が続々遷移してきつつある。

 確たるところはわからない。

 センサー群が捉えた重力震の検波だけでは、すべからく実情を把握することは困難だった。

 たぶん、単艦、それから数隻単位――(いち)(どき)に遷移をおこなう隻数を意図的に違えることで、その戦力を掴みにくくさせている。

(間に合わなかった、な……)

 落胆を表には出さないよう気をつけながら、高橋少佐は思った。

 現在、彼女――〈くろはえ〉を含む駆逐隊が護衛している輸送船たちは、全船、その(エン)(ジン)を消火し、慣性航行状態で虚空を直進している。

 つい先刻……、とは言え数時間は前のことだが、戦闘航宙艦の基準からすると亀が這うほど遅いとはいえ、それでも出力の限りを振り絞り、一ミリでも先へ先へと(ばく)(しん)していたのが嘘のようだ。

 敵の偵察通報艦に発見をされた、その空域からほんの(わず)かであっても距離をとり、予想される敵の攻撃――その段取りを狂わせようとしていたのだったが、そうした努力は無駄だった。

 敵が、『ここ』と目星をつけて遷移をしてくるだろう場所と、実際の自分たちがいる場所をズラし、肩すかしを喰らわせようとする必死の試みは無駄だったのだ。

 輸送船団の針路前方に、敵艦が姿をあらわした。

 頭を抑えられてしまったのである。

 であれば、自船(こちら)の存在位置をみずから曝露し、すすんで危険を招き寄せる行為は直ちにやめねばならない。

 ふたたび来寇してきた敵たちの最初の遷移を捉えるや、船団全船がエンジンを停止し、加速を中止したのはその為だった。


 一般に、どのような戦いもそうであるように、輸送船団をめぐる戦いにおいても攻撃には(セオ)(リー)といえる手順がある。

 まず第一に船団の行き脚を止め、次にその隊形を崩し、とどめに逃げ惑う()()を個別に撃破していく――拘束、(かく)(らん)、襲撃の流れがそれだ。

 時に手順がないまぜになったり、抜けが起きたりすることはあっても、大筋は変わらない。

 まずは狩り場(せんじょう)に獲物を囲い込む――それが基本だ。

 それに対して船団側は、とにかく襲われないこと、その場からさっさと逃げだすことが最優先で、可能な限りすみやかに輸送船すべてを遷移で逃がしてしまうのが、達成すべき目標となる。

 もしも敵の襲撃を受けたら、(極論すると)船団護衛をしている側は、その時点で負けとも言えるからである。

 戦闘にならないことこそ肝要なのだ。

 護衛艦隊所属艦艇に求められるのは、敵艦を(ほふ)ってあげる華々しい戦果ではなく、ひとえに護衛対象の無事――配達されるべき荷物の(あん)(ねい)確保だからであった。

 その辺の苦労を聯合艦隊はじめの()()()()は、これっぽっちもわかってない――護衛艦隊に属する将兵たちが毒づく理由もこのあたりにある。

 中古(ちゅうぶる)の艦、()()()()の艦ばかりをあてがわれた、満足に鉄火場(ぜんせん)に立つことのできない腰抜けたちの吹きだまりだと見下されているとの恨み言だ。

 担う務めが違うのだから、おのずと価値観も異なっているが故の行き違いである。

 さすがに将官クラスや兵であってもベテランたちはわかっているが、軍に奉職してまだ日も浅い者、軍を外から見ている一般人たちの間には、護衛艦隊、またその任務を軽視する風潮がまま見受けられる。それ故の不平不満であった。

 ただでさえ船団護衛は、『忍』の一字に尽きる仕事なのである。

 規格も違えば性能も違う、乗員たちの練度もバラバラで、フネとフネとの(チーム)(ワーク)など望みようもない輸送船多数をひとつの船団としてまとめあげ、目的地につくまで船団の周囲、航路を駆けずりまわって、迷子はないか、調子をくずしたフネはないかと気をすり減らす。敵から不意打ちを喰う危険は、宇宙においては少ないが、それでも不断に敵襲へのそなえをした()()で、だ。

 まるで、ボディガード兼ベビーシッターのようとも言うべき(ハード)(ワーク)だ。

 そんな、心の安まるヒマもなく、目的地に着くまでずっと緊張状態を維持しつづけなければならない、過酷きわまる任務をキチンとこなしているのに、にもかかわらず、それを真っ当に評価されないとなれば、誰しもクサって当然というもの。心の底に怨嗟の念が(おり)のようにわだかまっていくのも仕方がないというものだった。

 もちろん、こうした感覚は、いささか被害妄想が過ぎるものであるかも知れない。

 ある意味、裏方の技師が表舞台の役者に抱くコンプレックスと言って良いかも知れなかったが、護衛艦隊所属の主に兵たちの、嘘偽りのない心情なのではあった。

 とまれ、

 こうした前提があるのであれば、つまりは、直接的な交戦にはいる以前の段階で、輸送船団をめぐる戦いは、既に開始をされている。

 輸送船団存在の秘匿維持の失敗、逆に探知暴露の次の段階は、実際の戦闘行為の開始時点における船団位置についての駆け引きだからだ。

 攻撃側は、みずからが放っていた偵察通報艦の報告により、輸送船団の存在、位置、進路を察知し以降、相手がどう動くかを予想し、時間経過にともなうその未来位置を特定しようとする。

 反対に守備側は、出来うる限り船団の進路を従来のそれから変更し、速度も(たが)えて攻撃側の予想をくるわせ、相手の遷移、ひいては襲撃準備の陳腐化をはかる。

 敵がこちらに遷移をしてきても、それが見当外れの場所になされたものなら『無傷』で攻撃を(かわ)しきれる(かも知れない)からである。

 攻撃側、守備側双方が、リアルタイムで相手の動静を知る術のない戦いである故に、時差(タイムラグ)を考慮にいれての互いの動きの読み合いが、そこに発生するのだ。

 が、

 一般論やセオリーでなく、高橋少佐――〈くろはえ〉を含む駆逐艦群が護衛しているこの船団にはなしを限ると、この段階における守備側は、正直、はなはだ不利な立場にあった。

 目指す目的地をあらかじめ敵に把握されているため、進路を変更しようがないと理解をされているためだ。

 船団が生き残ることを優先し、おおきく進路を変えて敵を(とう)(かい)すること自体は可能だが、それでは前線に対する補給をおこなうそもそもの任務が滞る。――何をしているのかわからない、本末転倒な結果となってしまう。

 だから、輸送船団の側に残されてあるのは、とにかく更に速度をあげ、従来の進路をそれまで以上の速度で駆け抜けて、一刻も早く目的地までの残距離をゼロとすること――それだけだった。

 幸運に恵まれれば、敵が、『ここ』と見定めて遷移してくる場所が、すでに自分たちが航過してしまった場所――すれ違いとなり、置き去りにできるものかも知れないし、そこまで望めなくとも、互いの距離が最短攻撃可能距離を割り込んでいたなら、敵が態勢をととのえなおす間に、なんとか危地から脱することができるかも知れない。

 しかし、

「そう思っていたのに、現実は甘くはないわね」

 高橋少佐はつぶやいた。

 精確な座標の確定まではできないものの、遷移してきた敵の戦闘航宙艦群は、そのほとんどがこちらの前方――適度な距離を確保した上での進路方向に、陣容をととのえつつあるとわかったからだった。

 戦わねばならない。

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