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16.Human Factor―1

「船団針路前方の敵艦群に強い赤外反応!」

 船務長が叫んだ。

 高橋少佐は、戦術ディスプレイにちらと目を走らせる。

 チック症のように、目許がわずかに引きつった。

 確かに船務長の言葉通り、船団の行く手を(さえぎ)る格好で、複数存在が確認されていた熱源――敵駆逐艦群が動きだしていた。

〈くろはえ〉が放った彗雷の遷移――重力震を捉えたのだろう。

 そして、その数と強度から遷移した物体の大きさに当たりを付けて、こちらの意図を把握した(と思ったに違いない)のだ。

(引っ掛かってくれた、か?)

 不安半分、期待半分で、思わず祈りたくなるのをなんとか抑え、能面を貼り付けたような無表情のまま、敵艦群を示す輝点の動向を注視する。

 敵の反応が、こちらの思惑通りのものであったなら……、

「敵艦群、輪形陣を形成しようとしている模様。陣中央艦――警護対象は、〈クリーブランド〉改級軽巡と予測」と、ふたたび船務長。

(決まりね)

 高橋少佐は、敵の動きが艦隊旗艦(HVU)たる指揮統制艦、〈クリーブランド〉改級軽巡を護ろうとしてのものだと確信した。

 そうせざるを得ないよう誘導したつもりだったが、それが現実のものとなったのを見て、ホッと安堵し、全身から力が抜けていくのを感じていた。

 そこでようやく、敵を罠(と言う程のものでもないが)にはめる事が出来たと、信じることができたのだった。

 ふぅ、と心の内で息をつく。

(AIに指揮権が無いという噂は本当だったようね)

 楽観に傾きそうになる自分を(いまし)めながら、そう思っていた。


 空間戦闘において、戦場となる空間のひろがりを仮におよそ一億キロ四方程度とした場合、その端から端までを光が移動するのに要する時間は、333.3333……秒。――約五分である。

 それを早いと考えるか、それとも遅いと考えるかはケース・バイ・ケースと言えようが、確実に言えることが一つある。

 戦闘行為に退避以外で遷移までは必要ないという事だ。

 対敵距離がそこまで近ければ、常空間のみの場合と遷移を実行した場合とで、砲雷撃の開始から着弾までの時間は大して変わらないのだから当然だった。

 主砲砲戦を奇襲的に仕掛けるというのであればともかく、彗雷は元より確率兵器である。

 散弾銃による射撃にも似て、爆散する弾頭断片群の投網のなかに標的を包み込んで、その一片なりと当たれば良いとするものなのだ。肝心なのは爆散のタイミングであって、測的精度の厳密さではない。

 つまりは、こと彗雷戦にはなしを限ると、光年単位の移動をおこなう手段としての遷移――星々を隔てる超長距離を結ぶため産み出された技術をたかだか隣り合う惑星同士程度の距離にもちいる(メリ)(ット)が、ほぼ無いと言えるのだった。

(……私は彗雷発射を知らしめるため、、(ひっ)(かけ)としてそれを遷移させる事とした。それなりに経験をつんだ指揮官であれば、意図を見抜いて(だま)されたりしない。近接戦なら、ひっそり発射した方が命中率が上がるのだから)

 高橋少佐は思う。

 相手が彗雷で攻撃してきたことに気づかなかった、もしくは気づくのに遅れたならば、回避を含めた防御行動が間に合わず、手遅れとなる。それを殊更、重力震をともなう遷移にておこなうというのは、人間でいえばテレフォンパンチに相当する愚挙だ。

 攻撃を予告し、おこなうのだから、まともに戦果を挙げ得ようはずが無い。

 少なくとも、AIだったら、それは攻撃に見せかけた何かであろうと判断する筈だ。

 しかし、

 命をもたない()()に対し、人間には生存本能があるし、感情がある。

 更には、いま相対している敵の場合、自らもまた、空母を短距離遷移させ、あらたな攻撃の一手をくりだしたという()()がある。

 それが自縄自縛的に判断力をくもらせる因となってしまうだろう。

 自分たちがそうしたのならば、敵もまた、相似た手法をとってくるのではないか――そうした思い込みに囚われる()()となるからだ。

 いつの時代、どのような社会であっても、戦争は人間がおこなうもの。

 そして、人間存在は、その性癖上、心の底からAIを信用しきれない。

 自らとは異なる基盤上に立脚する知性に全幅の信頼をおけないからだ。

 支配者の地位を奪われるのでは、との畏怖を拭い去れないからである。

 つまり、()()が、いかに適切な『助言』をおこなおうと、指揮官(にんげん)がそれを用いなかったならば、どうしようもない。

 そう考えて、高橋少佐は、不確定なファクターである『人間』に賭けた。

 そして、

 一か八か――そこまではいかないが、なんとかその賭をモノにしたのだ。

(常識的に考えるなら――)

 高橋少佐は思考をめぐらす。

 常識的に考えるなら、遷移の証である重力震がキャッチできるのは、光の速さを超越した彗雷、その爆散弾片が、自艦にむけて殺到してくる()、もしくは、ほぼ同時のタイミングとなるのはすぐわかる。

 重力震を捉えてから回避、あるいは迎撃行動にかかったところで間に合う道理がないとわかって(しか)るべき筈だ。

 が、

 その冷厳な事実が、経験のあさい兵にはわからない。

 いや、わかっていても、理性で恐怖を抑えきれない。

 大倭皇国連邦宇宙軍の散狙彗雷の威力を知悉(ちしつ)していたなら(なお)(さら)だ。

 結果、感情にミスディレクションされるまま、なかば(以上?)パニック状態に陥り、こちらが望んだ風に動いてくれる事となる。

 あとは、水が低きにむかって流れるように、自動的、機械的に事はすすむ。

 敵艦隊は、いま旗艦の直掩にあたろうとしている駆逐艦群をふくめ、そのほとんど全てが対艦攻撃優先の仕様となっている筈。

 皇国(こちら)の聯合艦隊や遣支艦隊などと正面切った殴り合いを演じるのでなく、(へい)(たん)を担う後方部隊を的とし、部隊を編成しているのだから、逆に自分たちが殴られることを考えなくても良いからだ。

 だから、こちらの護衛駆逐艦のように()()を護る兵備は無い。

 個艦防御は、どこまでも(セル)(フデ)(ィフェ)(ンス)となるのである。

 そうして編成された艦隊のなかに、防御力の低い、しかも、重要度の高い艦を加えてしまったら……?

 当然、まわりがそれを防御(カバー)してやらなければならない。

 そもそも、そういう役目が想定されてない――不得手な任務に就かなければならない事となってしまうのだ。

 戦術ディスプレイの中に再現されつつある敵艦の移動する様が、まさしく、それを裏付けていた。

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