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13.Queen's Gambit

「砲雷長! 転舵()()()()()()にて射撃タイミング合わせ! これより秒読み開始。一〇、九、八……」

 艦橋内部に高橋少佐の声が響きわたった。

「ゼロ。――本艦、転舵開始(ローテート)!」

 カウントダウンがゼロを告げるのと同時にはじまった横G加速――かろうじて呼吸に困難をおぼえる程度で収まっている圧迫感に、乗員たちは〈あやせ〉が急速に向きを変えてゆくのを感じとる。

 もう何度目だろうか、非力な輸送船を狙う敵攻撃機を撃破する破砕射撃――高角砲射界確保のための機動である。

 一般に、艦軸線に沿って据え付けられている主砲と異なり、高角砲は、そのほとんどが艦側面に、文字通り艦体に対し、髙角度を為して装備されている。

 自艦防御のためには四周を射界におさめられるよう砲塔を配置するのが適切だからだ。

 が、護るべき対象が他の船舶となれば、当然、はなしは別だった。

 火砲の有効射程はもとより、相互の艦位によっては敵に指向可能な砲門数が限定されてしまうため、射撃効果が低減されてしまうからである。

 高角砲による攻撃とは、すなわち弾幕射撃なのであり、単位時間あたりの投射弾量の大なることが何より重要なのだった。

 一門あたりの発射速度は言うまでもなく、火制空間をより広げるために同調射撃ができる門数が多ければ多いほど良いのである。

 そのためにこそ高橋少佐――〈くろはえ〉は、そこに乗り組む要員すべての内臓や骨を(きし)ませ、苦悶に呻かせながらも、加速減速を繰り返し、無理な角度で舳先(へさき)をねじ曲げ、フネの姿勢をもっとも防空戦闘に適したかたちにするべく奮闘しつづけている。

 敵軽空母を発した攻撃機群から標的と定められた輸送船を予測特定し、爆撃コースとなるだろう針路を逆算――敵機がその軌道にアプローチ出来ないように(まき)(びし)よろしく射弾をバラ撒く。

 撃破することまでは(かな)わなくとも、敵の攻撃そのものは阻止すべく、ひたすら戦い続けていたのであった。

 が、

「新たな重力震を確認! 震度、四! 震源、本船団針路前方直近位置! 空間震動減衰パターンは『青』! 敵艦隊中の一艦が、当該空域より離脱した模様!」

 船務長が、叫ぶように報告をあげてきたのは、その時である。

「なん」ですって!?――思いも掛けぬ報告に、高橋少佐は反射的にそう言おうとして果たせなかった。

「重力震を探知! 震度、四! 震源、本船団針路後方直近位置! 空間震動減衰パターンは『赤』! 離脱艦と同一艦による短距離遷移だと思われます!」

 かぶせるように船務長が、ふたたび叫んだからである。

(空母か!)

 高橋少佐は直感する。

 そうして、即座に敵の意図を見抜いて歯噛みした。

(おそらくは攻撃隊を回収して、再度こちらに向かわせる気だ)

 推定される二つの震源を青と赤――異なる色の光点を明滅させ、指し示している戦術ディスプレイを睨みつけ、背筋が粟立つのを感じながら、そう思ったのだった。

……現在、反航戦を戦いつつある二つの航宙船団は、いずれ時をおかずして交叉し、すれ違って、そして離れていく事となる。

 今、この時にも敵の先鋒として自軍船団の内部を侵食している攻撃機群もそれは同じで、ワンチャンス――ほとんど、ただ一度きりの攻撃の時期(タイミング)がすぎれば、先の爆雷の破片と同様、こちらの後方はるか彼方へと去って、結果、無害な存在と化すのである。

 大型の航宙船であればともかく、小型の宇宙機にすぎない攻撃機には、敵と味方――ふたつの航宙船団が綾なす相対速度を逆転し、追いすがってくる能力までは持ち合わせない。

 だから、必然的にそうならざるを得ないのだ。

 それを……、

 こちらが逃げの一手の輸送船団であるが故、交戦の継続、あるいは逆襲を喰う可能性など無い安全パイと判断をして、HVUたる空母を単艦、短距離遷移で自軍艦隊から切り離すという挙に敵はでた。

 おそらくは、自軍艦隊の遙かに前方、敵輸送船団の更に後方空間へ空母を配置しなおして、そこで攻撃機群を回収、今度は背後から輸送船団を襲わせるという目論見のもと、策を実行してきたのである。

(なんてしつこい)

 高橋少佐は、そう思う。

 しかし、それに対する有効な策を見いだすことも、また、はなはだ忌々しいながら出来そうにもなかった。

 五〇〇G、あるいはそれ以上に達するかも知れない加速度でもって戦闘機動(マニューバー)が可能な敵の攻撃機が、戦闘航宙艦の弱点たる後方から襲いかかってきた場合、庇護すべき輸送船はおろか、自艦ですら守りきれるかどうかはわからない。

 最初の爆雷飽和攻撃と同様、敵の攻撃隊が相対速度の波に押し流され、その脅威が消えてなくなるまで、ひたすら攻撃の邪魔をしていれば良い――そう考えていたのが、敵が空母を遷移、再配置してきたことで(くつがえ)ってしまった。

 消極的な妨害でなく、積極的な排除――敵が再度の攻撃にあてがえる攻撃機数を減らしておくべく、可能な限り、それを撃破しておく必要がある。と、勝利条件のハードルがあがってしまったのだ。

 目算はずれもいいところだった。

 更に、

「う――!?」

 何の前ぶれもなく、艦内が薄暗くなって、要員たちはたじろいだ。

 震動も異音も何も無い。

 しかし、確かに変事が起きている。

「――!」

 なにを指示されるより早く、真っ先に動いたのは自艦防御を担任している船務長だった。

防御(バリ)力場(アー)発生(ジェネ)装置(レーター)の負荷率、六七パーセントまで上昇! 艦体に被害ナシ! ジェネレータ動作に異常ナシ! 本艦バリアー展張は、健常状態を維持しアリ!」

 気づくところがあったのだろう――目を剥くように眼前の計器群に視線をはしらせ、報告事項を読み上げていく。

 その声に弾かれたかのように、艦橋内部の各員もまた、己に課せられてある任務を一斉に再開し、それに(なら)った。

「艦内環境モニタリングを実行!……(ドラ)(フト)(レポ)(ート)。艦内に気密異常箇所ナシ! 放射線量異常箇所ナシ! 全乗員の生理状態に変化ナシ!」

 船務長に続き主計長――そして、他の科長たちが続々と、自艦状況を調べて、その戦闘能力、航行能力、生命維持機能他に関する報告を高橋少佐にあげてゆく。

――敵の攻撃を受けたのだ。

 敵攻撃機の放った射弾が、〈くろはえ〉がめぐらしているバリアーに命中。しかし、損傷をあたえるには至らず、その一撃は()れて、むなしく虚空深くへ消えたのである。

 艦内照明の輝度変化は、つまり、射弾を受け止めたバリアーの動作負荷が一時的に増し、展張強度を維持しようとした発生装置が、より多くの作動リソースを〈くろはえ〉のメインジェネレーターに要求したため生じた現象なのだった。

 高角砲に有効射界をひろく提供するため〈くろはえ〉は、時に進行方向に対して横腹をさらし、(いわば横滑り(ドリフト)するようなかたちで)進むことさえあった。

 その結果、レーダ()ー反射()断面積()が大きくなって、分解能に劣る小型宇宙機――攻撃機のセンサーででも、照準可能となっていたのである。

(こし)(ゃく)な!」

 ひとり、対空戦闘にかかりきりになっている砲雷長の、舌打ちと罵声が艦橋内に(こだま)した。

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