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第一章:優しい悪魔 【2】

『婚約者だよ。』


宗介は、あっさりと言い切った。


それはもう、「妹だよ」と言うぐらいに自然な口ぶりだった。


忘れもしない(忘れたくても忘れられない)10月21日、彼は、私の前に現われた。


初めは、何を言われたのか理解できなかった。


聞き間違えだと思った。


『コンヤクシャ?』


鸚鵡おうむ返しに聞き返す杏子の声が、やけに遠く聞こえた。


『うん。菫の。』


『一応聞くけど、誰が誰の?』


相手の自然な物言いに持ち前の冷静さを取り戻した杏子は、低い声で尋ねた。


『俺が、菫の婚約者。』


宗介は、照れもせず、言い放った。


『な、何かの間違えじゃない。第一、私は、あなたのこと知らないもの。』


やっと動くようになった頭を何とか働かせ、私は、小さな声で言った。


宗介は、私に視線を戻ると、少し寂しそうな顔をした。


『そっちの方が、おかしいよ。俺は、この7年間、菫のこと忘れた日はなかったよ。』


宗介の口調は、私を責めているわけではなく、とても冷静だった。


『そんなこと言われても覚えてないものは、覚えてないもの。じゃあ、もしもよ。もしも、本当にあなたが、私の婚約者だとしたら、いつどこで婚約したの?』


隣に立っていた杏子が、ちょっと驚いたように私を見たのを感じた。


自分でも相当馬鹿なことを言っている自覚はあるけれど、目の前の少年も相当キテいるので、丁度いい気がした。


『8年前の夏。黒鎚山の菫のじいちゃんの家で。ああ、そうだ。これ、俺達の写真。』


宗介は、リュックの中から、一枚の写真を取り出して、私の手に乗せた。


写真の中には、小学生の丸顔の私と宗介らしき少年が、河原でスイカを食べている写真だった。


少年のことを思い出せなかったけれど、彼が、私のことを菫と呼び捨てにすることは、なぜかとても自然に聞こえた。


どくんと心臓が、大きな音を立てて鳴るのが、分かった。


この子は、知っているんだ。


言いようもない肌寒い感覚に陥った。


『ちょっと、すみち。大丈夫?酷い顔色だよ。』


心配そうな杏子の声にはっとして顔を上げると、私は、震える声で言った。


『ごめん、杏子。ちょっと気分悪いから、もう帰るね。』


『え、ちょっと。すみち。』


慌てたような杏子の声を背に私は、その場から逃げるように駆け出した。


『明日も来るから。』


私を追いかけるように届いた宗介の声を振り切るようにとにかく走った。




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