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第二章:迷路の入り口 【1】

新しいクラスの教室の前に立った時、もうすでにほとんどの人が来ているようで、ひどく騒がしかった。


私達の教室は、3階の端に位置している。


中等部の3年間で校内を知り尽くしているので、教室番号を見た時にすぐにどの教室か思い当たった。


その教室は、他と少し違った構造になっていて、教室の縦横の幅が広く、天井も高い広々とした教室である。


左右の壁の高い所に小窓が、たくさんついているのも特徴の一つである。


しかも、安全性を理由に他の教室にはないベランダがあった。


小窓から差し込んだ日光でいつもぽかぽかしていることや身を乗り出して町を一望できるベランダに密かに憧れていたので、ちょっとうれしかった。


教室のドアを開けると、皆驚いたようにこちらを見た。


特に女子の視線が痛い。


隣に立っている杏子も居心地悪そうな顔をしている。


その後ろにいる視線を集めている張本人、宗介は、涼しい顔で皆の視線を受け流し、悠々と出席番号順になっている自分の席についてしまった。


私も三つ後ろの席にちんまりと座った。


ひそひそ声は、止まない。


『やだ。あの人、超レベル高い。』


『アメリカのうちの系列学校から来たらしいよ。』


『彼女とかいるのかな。』


『あ〜このクラスでよかったあ。』


などなど。


杏子は、机にバッグを置くと、すぐに私の所に走り寄ってきた。


『思った以上に注目の的ね。』


当初の居心地の悪さをすっかり忘れた杏子は、ちょっと楽しそうに言った。


結局、杏子は、現状を楽しむことができるタイプの人間なのだ。


『まあね。』


答えたのは、私ではなく、宗介だった。


いつの間にか私の席の後ろの立っている。


『ちょっと。あっち行っててよ。目立っちゃうでしょ。』


私は、思わず顔をしかめた。


『相変わらず、冷たいね。悲しいよ。』


そう言いながらさほど気にした様子でもない宗介は、体を動かして、私の机に寄り掛かった。


『宗介。この際だから、はっきり言っておくけれど、学校ではあんまり私に関らないで。もう婚約者だとかアホなことを言うのはやめて、可愛い彼女でも作りなよ。』


私は、かなり真剣に言った。


だけど、宗介は、澄ました顔で首を左右に振った。


『嫌だね。』


私と目を合わせないところを見ると、どうやら何を言っても無駄なようだ。


『へえ。宗介君て、本当にすみちにご執心なのね。』


隣でやり取りを聞いていた杏子が、意外そうに言った。


『どういう意味よ。』


私は、ぶっきらぼうに言った。


杏子は、片眉を上げただけで、私の質問には答えず、宗介の方を向いた。


『でも、宗介君。悪いニュース言ってもいい?』


『どうぞ。』


『おとぼけすみちだけど、最近、身辺に男の気配がするのよ。』


『ちょっと!杏子!』


とんでもないことを言い出した友人に向かって、叫んだ。


当然のことながら、教室の視線は、こちらに向かう。


自分のしでかしたことを悔いつつも、元凶の杏子を睨んだ。


杏子は、楽しそうに私と宗介を見比べている。


あまり反応していないように見えた宗介が、口を開いた。


『で、どこのどいつ?』


『そこまではちょっとぉ。』


杏子は、もったいぶるように言葉を濁した。


『いないよ、そんなの。』


私は、きっぱり言い切った。


ふ〜んと杏子は、いわくありげに微笑んだ。


『中庭。フリースペース。プール。裏の花壇。さて、逢引のスポットはどこでしょう。』


杏子は、指を折りながら、私の昼寝スポットを列挙していった。


やっと杏子が、誰のことを言っているのか気がついた。


それにしても、どうして知っているんだろう。


小岩井君とは、クラスが離れているから、昼寝スポットで遭遇する以外は、ほとんど顔を合わせない。


だから、誰も知らないと思ってたんだけど。


『何それ。杏子の勘違い。それは、私の昼寝スポットだよ。』


言い訳するのに夢中になっていた私は、背後でクラスの女子が、一段と湧き上がったことに気がついていなかった。


杏子は、私の言葉を聞き終わると、にこりと笑った。


『そうだね。すみちが、そう言うなら、信じるよ。でも、むこうはどうかな?』


『向こう?』


首を傾げた時、耳馴染みのある声が、私の名を呼んだ。


『おお。菫じゃん!』


私を名前で呼び捨てする男の子は、この学校には、二人しかいない。


一人は、目の前にいる宗介。


もう一人は・・・。


ぎくっとした私が振り返ると、案の定、小岩井君が、こちらにやってくるのが、目に入った。


長い手足をもてあましている様子は、だらしない印象を受けなくもなかったが、それも彼の魅力のうちなのだろう。


『同じクラスは、初めてだね。』


背中にびっしりと女子の視線を貼り付けてやってきた小岩井育は、屈託ない笑顔で私を見下ろした。


そして、杏子と宗介にも笑いかけた。


『菫の友達?』


こういう時の杏子は、素早い。


『私、木下杏子。杏子でいいよ。よろしくね、小岩井君。』


華やかな笑顔で自己紹介をした。


『えっと、そっちの子は?』


小岩井君は、宗介の方を見た。


二人とも身長が高いので、私も杏子も下から向き合う二人を見上げる形になった。


『秦野宗介だよ。よろしく。ええと、小岩井。』


笑顔の宗介の声は、ちょっと低い気がした。


小岩井君は、私達とちょっとだけクラスの担任について話をした後、友達に呼ばれて去っていった。


素直な性格のせいか、わりと男子にも受けがいいのだ。


小岩井君がいなくなると、杏子は、宗介の方にくるりと向き直って、意地悪く微笑んだ。


『どう?結構いい男でしょ。』


杏子の言葉を聞いた宗介は、口の端をちょっと上げて、自信有り気に微笑んだ。


『まあね。だけど、こっちは7年物だから。』


『何が?』


私の問いに宗介からの答えはなかった。







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