第一章:優しい悪魔 【9】
話が飛ぶようですが、半年後の高校編からスタートです。今日中にアップする予定の第11部では、過去に戻します。第10部と合わせて一区切りにしたかったのですが、やたら、長くなりそうで。
ひらひらと孤を描いて舞い落ちる桜の花びらは、見ていて飽きない。
校門をくぐると現われる桜並木は、私達の学校の自慢の一つである。
花粉症と縁がないせいか、私にとって春は、一番過ごしやすい季節である。
淡い色の花や穏やかで暖かい気候。
新しいことが、始まる予感だって。
そう、大好きなはずだったのだけど。
『あ、いたいた。クラス分け見た?』
新学期特有のけん騒の中でもよく通る声に振り向くと、杏子が、駆け寄ってくるのが、目に入った。
スカートを短く切って細くて長い足を惜しげもなくさらし、栗色に染めた巻き髪が、ふわりと揺れる姿は、すっかり女子高生らしくなっている。
からかうような笑みを浮かべてるのは、もう既にクラス分けの結果を知っている証拠である。
『・・うん。見た。』
久しぶりに会った友に見せる笑顔もなく、私は、深いため息と共に力ない返事をした。
そんな私の様子を予期していた杏子は、つれない言葉にも気にした素振りを見せず、なだめる様に私の肩に手を回した。
『まあまあ、そう落ち込みなさんなって。良いこともあるよ。この杏子様も一緒だってことさ。』
『うぅ。杏子様〜。』
相変わらずサバサバした杏子の言葉に少し慰められたので、私も、杏子の肩に手を回した。
『私って、運悪いのかな。』
うめくように杏子に愚痴を言った時、急に身に覚えのある悪寒を感じた。
悪い予感を裏づけするような女の子達のひそひそ声も聞こえてくる。
なりふりかまわず、猛ダッシュで逃げようかと本気で考えた時には、もう既に遅かった。
「悪魔」の足音は、私の真後ろで止まった。
『おはよ、菫。同じクラスだな。』
麗らかな春の朝に嫌味なほどぴったりな爽やかな声が、私を呼び止めた。
もう最悪。
肩を組んでいる杏子の口元を見ると、グロスで艶々している唇が、緩んでいる。
結局、面白がってるじゃない。
組んでいた腕を振りほどき、無言のまま、杏子を小突いた私は、深呼吸をして声の主と向き合った。
声の主、秦野宗介は、満面の笑みで私を見つめていた。
私が、何度睨みつけてもちっとも気にしないという涼しい笑顔が、憎たらしい。
真新しい制服に身を包んだ宗介は、立っているだけで目立っている。
当然の如く、周りの女の子からの視線が、熱い。
勘弁してよ。
もう何度この台詞を心の中で叫んだだろうか。
忘れもしない去年の秋、彼は、私の前に現われた。
中学生の私の婚約者だというから、笑ってしまう。
しかも後で発覚した理由は、亡くなった私の祖父の工房を手に入れたいから。
生前の祖父になにやら深い思い入れがあった宗介は、祖父の工房にとても執着しているようだった。
正直、身勝手で非常識極まりないと思った。
だけど、彼の涙は、とても綺麗だった。
不覚にも心を打たれてしまった私は、宗介に言った。
祖父の工房を宗介に譲る。
だから、婚約のことは忘れてほしいと。
幸い祖父の工房は、私に相続権があったし、私自身は、工房になんの魅力も感じていなかった。
お互いの利益も一致する一番正しい答えだったと今でも思う。
ところが、円満に解決だと安堵した私の耳に飛び込んできたのは、信じられない言葉だった。
話は、去年の秋にさかのぼる。