恋という病(やまい)と臆病者の僕
はじめまして、粟宮李水といいます。今回、初めて このような物語を書いたので、色々と読みづらいところ等があるかもしれませんが、何卒 よろしくお願いします。
髪を切ったから、もしかしたら気づかれないかもしれない。…なんて一瞬でも思った自分が恥ずかしい。そもそも、彼女が僕を気にかけてくれているはずなんてあるはずがない。――だってこれは、僕のただの片想いなのだから…
いつも通り、当たり前のごとく進展のなかったこの一日から逃げるかのように僕は、小説造作に筆を執った。
僕の名前は、羽織。普通科高校に通う平凡な学生だ。――そして、同じクラスの美羽に恋をしている。その進展具合は…というと、この執筆が止まっていることから予想がつくだろう。ここ数ヶ月、僕が恋愛というものを知った頃辺りからだろう、全く筆が進んでくれない。
(せめて現実逃避くらいはさせて欲しいな)
なんて考え方が原因なのは分かっている。――こういう時にネガティブ思考になってしまうのが、僕の悪いところだ。
美羽さんは、クラスの学級委員で、クラスのみんなからも慕われている。…彼氏がいるだとか、好きな人がいるだとか……なんて噂も何度か耳にしたことがある。当然、そんな彼女に想いを伝える自信も、――恋を諦める度胸も、僕は持ち合わせていなかった。もし、彼女がすでに恋をしているのだとしたら、――その恋が叶わなければいい。真っ先に出た答えがこれだ。――そんな風に願う自分が嫌いだ。
学校から帰宅し、家にいる間も、彼女のことばかり考えてしまう。それどころか彼女に会いたいとさえ思ってしまう。――会ったところでなにかが変わるわけでもない。否、自分にこの状況を変えられるほどの勇気や行動力なんて全くない。
勝手に恋をし、期待して――
勝手に傷つき、心を痛めて――
勝手に愛を欲し、助けを乞い――
ただの卑怯者で、最低な男だ。僕は…
――――痛がりで、会いたがりで、愛されたがりの、ただの――臆病者だ。
次の日、学校に着くと、教室はイベント会場かのように賑やかだった。――あれ、今日って何かあったっけ?
よく見ると、彼女の机の周りにはたくさんの人が集まっていた。そうか、今日は彼女の…
「誕生日おめでとう!美羽ちゃん。良かったらこれ使って!」
クラスの女子が、プレゼントの図書カードと共に祝福の声を上げた。他にも、彼女の机の上には菓子やジュース、文房具、本などが置かれていた。よく、クラスの中心にいるような人が誕生日の時にもプレゼントを貰っているのを見るが、これほどの数のプレゼントを見たのは初めてだ。やはり、彼女がそれほどまでにみんなに慕われている証だろう。
――彼氏どころか、親しいわけでもないのに…彼女の姿を見て嬉しくなっている自分がいた。
!?
彼女と目が合ってしまった。僕はつい目を逸らしてしまった。
(やばい、気づかれてしまった。どうしよう)
おそるおそるもう一度視線を戻してみるが、彼女は既に周りにいる友達と話をしていた。
――やってしまった… 絶対変だと思われた…
そして僕はゆっくりと、逃げるように教室を後にした。
――彼女が少し顔を曇らせながら、一瞬こちらに視線を向けたことなど気づくはずもなく
昼休み、仲のいいクラスメイトの拓馬と昼食を共にしている時だった。
「羽織ってさー、好きな人とかいんの?」
彼の急な質問に痛いところを突かれたが、なんとか動揺を隠した。
「いやー、さっき廊下でな、他のクラスのやつが美羽さんに告白するって言ってたのを聞いてさー」
えっ!?
「美羽さんって頭も良いし、見た目も性格も良いから、そりゃモテるよなー。分かるわー」
「って、拓馬は彼女いるじゃん」
「そうだった。いけね、いけね(笑)」
拓馬はとても明るく、普段はいい加減に見えるが、こう見えて周りのことをしっかり考えているから、男女共に評判が良い。ちなみに、彼の成績は十番目くらいだ……ワーストの
「しっかしスゲーな、美羽さん。四ヶ月くらい前だっけ?文化祭の時なんか十人以上から告白されたらしいしな。今日は前回超えるかもな」
考えていなかった。彼女はモテるから、彼女のことを好きだと思っている人が僕以外にも沢山いることに。そもそも彼女には、既に彼氏がいるのかもしれないし、そうでなくても他の人に取られてしまうことだって充分にあり得る。そう考えると、ますます自信がなくなってきてしまう。
「そういえば、小説、新しいの書けたか?」
また痛いところを突かれてしまった。
「それが全く進まなくて…」
「おいおいマジか⁉︎いわゆるスランプってやつか?」
僕の執筆がだいぶ前から進んでいないということを彼は知っていたようだ。
「まあ、そういう感じ」
以前買ったルーズリーフが、一枚もぎっしり字で埋もれることなくゴミ箱行きだ。彼はそこを見逃してはいなかったのだろう。
「さっきの話じゃないけど、羽織も恋愛しろよなー。せっかくの高校生なんだし。恋愛を通して何か見つかるかもよ?」
(むしろ、そのせいで執筆が進まないんだが!)
なんて言い返したかったが、彼の気遣いに免じてやめておこう。
「悪いね、心配させてしまって」
「いいってことよ!」
――この日の夜は、彼のおかげで少しだけ心を楽にして寝られることができた。
あれから1週間後、事が起きた。彼女と同じなのだ、日直が。このクラスになって半年ちょっとが経っているが、日直が彼女と同じ日になるのは初めてだ。なにせ、日直の順番が、一周目が誕生日順だったのに対し、現在の二周目は出席番号順なのだ。しかも今日は日直の仕事量が多い金曜日だ。先週のこともあり、かなり気まづい…
早速、僕ら日直は、ノートや配布プリントを職員室から教室へ持っていく仕事を一任された。それもかなりの量だ。彼女と半分に分けて持っていくことになったが、僕でも少し重たく感じるくらいだ。力仕事に自信があるわけではないであろう彼女には…
「羽織くん、量も多いし二回に分けて運ばない?」
流石は美羽さんだ。さらっと策を出してしまった。たしかに、そうすれば簡単に運ぶことが出来る。なのだが…
「時間がかかるし、いいよ。それより僕がもうすこし持つよ。」
――この一瞬だけ、僕はいつものようにうじうじするよりも先に、思ったことをはっきりと彼女に伝えていた。ふと我に返った僕を恥ずかしさが襲ってきた。流石にこれには変な目で見られただろうか…
「じゃあ、お願いしようかな」
ポツリと、彼女はそう口にした。予想外の返事に驚いた僕だが、どうにか気を保ち、分かったと返した。
――思っていた以上に荷物が重かったが、不思議と楽に運ぶことが出来た。
「ありがとう、重かったよね?おつかれ様!」
彼女からのお礼で、疲れが一気に吹き飛んだ。
昼休みは、拓馬が欠席なのもあり時間が余っていたので小説の執筆を試みたが、相変わらず進まない。あるいは、少し書いた後に内容がグチャグチャだと気づく。――普段は、執筆に使用した紙を家外に捨てたりしないが、この日の僕は、そんなことはお構い無しだった。どうせ、放課後ゴミ捨てに行くのは日直である僕の役目だし、問題ないだろう――
そして放課後、ゴミ捨ての前に、六限の国語の授業内で使ったプリントを今日休んだたくまの家まで届けに行こうと、担当の先生まで受け取りに行った。考えてみれば、今日、美羽さんと共に日直になったのは彼のおかげだと言えるだろう。本来ならば、僕と拓馬が日直になるはずだったが、彼が欠席したことにより、彼の次の出席番号である美羽さんが彼の代わりに日直をやることになったのだ。
――まさか、拓馬は僕の美羽さんへの想いに気づいていて、それを見越して今日学校をサボっていたりして……流石に考えすぎだろう――
なんて思いながら教室に戻ると、ゴミ箱が空になっていて、帰る支度をしている美羽さんただ一人がいた。
「美羽さん、もしかしてゴミ捨てに行ってくれた!?」
「うん、これでもう日直の仕事は終わったよ」
「ごめん、ちょっとプリントを取りに行ってて… 今日、いつもよりゴミ多かったし大変だったよね…」
そのゴミを増やした張本人の僕は、申し訳なさでいっぱいだった。
「全然平気だよ。途中、友達が手伝ってくれたから。それに羽織くんには、朝、配布物を多く運んでもらったから!」
朝のことを掘り返されてしまった僕に、再び恥ずかしさが襲ってきた。
「それより、その持ってるプリントって、もしかして今日欠席した拓馬さんの分?」
僕が頷くと彼女は、
「羽織くんは、周りのことをしっかり考えていて、優しいんだね。」
と、今日一番の明るさで、僕にそう言った。
――違う、僕は…君の思っているような人間ではない…
――――ただの、卑怯な臆病者だ…
「それじゃあ、また明日。今日はありがとう、おつかれ様!」
そう言って、彼女は教室を後にした。そういえば、彼女とまともに話をしたのはこれが初めてだろう。だが、今の僕には、その嬉しさよりも、心のモヤモヤの方が大きかった。なんだか、彼女を騙しているように思えて、――――それが嫌で嫌で仕方なかった。
学校に向かう最中、まるで僕のモヤモヤした気持ちを払い除けるかのように、金木犀の香りが僕を包んだ。
学校に着くと、クラスの頼れる学級委員としての、いつも通りの彼女を見て少し安心した。また昨日のように、彼女と話をする機会が出来るだろうか。――いや、機会を待つだけでは駄目だ。自分で、その機会をつくらなければ…!
そうは思っても、僕の勇気の足りなさや、彼女の忙しさが、その決断を妨害してきた。しかし、四限の授業が終わり、昼休みにはいる直前、彼女が僕のところに来て、
「今日の放課後、教室で待っててもらってもいいかな?」
と、囁くように聞いてきた。
まさか、彼女の方から話かけてきてくれるなんて…!思いもよらなかった出来事に深く動揺したが、僕は頷いて見せた。
「じゃあ、また後でね」
そう言うと、彼女は弁当を持って教室を後にした。
そして放課後、クラスのみんなが次々に帰っていき、教室の中が僕一人になった、とそこへ、なんらかの仕事を終わらせてきたであろう彼女が、教室に入ってきた。
「待たせてごめんね!」
「だ、大丈夫だよ!」
緊張で、胸の鼓動が速くなってきた。
「これ、昨日ゴミ箱から溢れてたものなんだけど…キミが書いたものだよね?」
そう言って、彼女がファイルから取り出したのは、昨日僕が捨てたクシャクシャな紙だった。
あっ…それは……
読まれてしまったのか、
「ごめんなさい、勝手に読んでしまって。字を見て、キミのものだと分かったの。散らかっていたものだから、最初は注意しようと思ったのだけれど…」
そうか、あの時、しっかり確認してなかったから、散らかっていたのに気が付なかったのか。それならむしろ、こちらが謝るべきだ。
「でもね、文の内容を読んで…とっても感動したの!」
え?何を?…だってそれは、失敗したものだ。そんなものが感動するはずがない…きっと彼女は、僕が書いたものから状況を察して、励ましてくれているのだろう…
「羽織くん、すごいよ!短い文なのに、こんなところにまで工夫されてて」
「…そうでもないよ、これ失敗したやつだし」
「そうなの?私にはとても良く出来ていると思うけどね」
そんな彼女の優しさが、僕の胸に突き刺さる。
「やっぱり優しいね、美羽さんは…そんなに気を使わないでいいよ。」
「そんな事ないよ!もっと自信を持っていいと思うよ。キミが、一生懸命、執筆に取り組んでる姿を前から見てきたから、私には分かる。
――――そんな君が…私は好きなんだよ?」
しかし、この彼女の告白は、このときの僕には… 届いていなかった。
――だって、君の言う僕は……本当の僕ではないのだから…
「君が思っているほどの人間じゃないよ…僕は。一生懸命なんかではなく…むしろ逃げてばかりの臆病者だ…!常に自分のことしか考えてなくて、友達にだって迷惑かけてばかりだ…!君のことだって…好きなのに、気持ちを伝える度胸さえ無く、逃げて…逃げて…
僕は…君が思っているよりもずっと卑怯者だ!!」
――こんな形で気持ちを伝えることになるなんて…、それでも僕は、これ以上、彼女に……
――――ああ、これでもう彼女には失望されてしまっ…
「あなたは何もわかってない!私のことも、あなた自身のことも…!」
彼女は目に涙を浮かべて、僕にそう訴えた。
「美羽さん…?」
「違うよ…、卑怯者なんかじゃないよ…だってあなたはそんなにも、私のことを想ってくれているじゃない!!」
彼女のこんな姿は初めて見た。僕なんかの為に、涙まで流して…
――そうか、彼女は、始めから僕のことを認めてくれていたのか…。
僕はこのとき、自分のこと、そして…彼女のことを何も理解していなかったのだと悟った。
――ここにいる彼女は紛れもなく、学級委員で、クラスのみんなから慕われている彼女ではない、ただの…一人の女の子だ。
「ごめん、僕は、なんにも…分かっていなかった……」
「…だったらさ、私と一緒にその答えを探してみようよ」
…それって――
「私のことを知らないなら、これから知っていけばいい…。あなた自身のことを知らないなら、私がキミのことを見つけてあげる。」
「だから…一緒に前を向いてこの先の道を…キミの人生に私を連れていってよ!」
――――この時、僕は初めて彼女の本当の優しさ、温かさ、そして――心の強さを知った。 …まるで、――温かいものを羽織るかのごとく、――――美しい羽のようなものに包まれ、守られているようだった。
――あれから5年が経った。あっという間だ。そういえば、今年の彼女へのプレゼントはどうしようか。…そろそろ指輪を用意する時期だろうか?それなら、いつかの…一人の少年の思い出を記した物語も一緒に添えようか。
――そう、ふと思い付いて、ごく自然に筆を執った。