Act.6
陽太の一家が去ってから、葵は自分の家に戻り、自室へと入った。
「すっごく恥ずかしいけど……」
葵はひとりごちると、封筒から写真を取り出した。
中に入っていたのは、全部で十枚。
陽太と並んで撮ったものが主だが、中には葵だけが被写体になっているものもあった。
「うーん……、でもやっぱ、陽太の方が絶対可愛いよなあ……」
葵はそう言いながら、写真を封筒に戻そうとしたが、ふと、封筒の中から紙らしきものが入っているのに気付いた。
「なんだろ?」
葵は首を傾げつつ、中の紙を取り出す。
それは四つ折りに畳まれており、開いてみると、中からボールペンで書かれた文字が現れた。
どうやら、葵宛ての手紙のようである。
葵は黙ってそれに目を通し始めた。
『葵ちゃんへ
手紙なんて改めて書くことなんてなかったから、もしかしたらビックリしているかもね。
でも、口にするのはあまりにもむずかしいから、こうして手紙を書こうと考えました。
葵ちゃん、僕はずっと、葵ちゃんが大好きでした。
最初はお姉ちゃんとして。
けど、大きくなってからは、ひとりの女の子として恋していました。
葵ちゃんは、僕と違ってしっかりしてるし、ケンカも強い。
そして、とっても優しくて、実は誰よりも女の子らしいというのも僕はよく知っています。
僕に突然告白されて、葵ちゃんはきっと困ってるよね?
でも、どうしても葵ちゃんに僕の気持ちを知ってもらいたかった。
気持ちを隠したままじゃ、僕はいつまでも成長出来ないような気がしていたから。
あと、これを言ったらもっと迷惑だと思われちゃうかもしれないけど……
僕はどこにいても、どんなことがあっても、葵ちゃんだけを見つめています……って、ちょっとこれは怖いかな?
それじゃ、言い方を変えるね。
葵ちゃんには、あの時植えたヒマワリを僕の分身だと思って……って言うのも同じか……。
とにかく、僕は葵ちゃんをこれからも忘れることはないと思います。
葵ちゃんは、僕にとって太陽だったから。
最後に、ふたりで育てたヒマワリ、これからも大切にしてくれたらうれしいです。
来年も、再来年も、そして10年後も、ずっと花を咲かせられるように……。
それじゃあ、そろそろこの辺で。
また、手紙を書くね。
陽太より』
手紙を読み終えるか終えないかのうちに、葵の瞳から幾筋もの透明な雫が零れ落ちた。
「……んとに……バカ……っ……」
葵は手紙をクシャクシャに握り締めながら、嗚咽を漏らし続けた。
ずっと一緒にいたのに、今、初めて知った陽太の本心。
嬉しさよりも、戸惑いと言いようのない悔しさで胸が詰まりそうだった。
同時に、葵は自分の気持ちにも気付いてしまった。
だが、陽太に伝える事は出来ないだろう。
(もっと……、私も早くに分かってたら……)
葵の中では、ただ、後悔だけが心を支配し続けていた。
◆◇◆◇
五年の歳月が流れた今も、葵はあの苦い初恋をはっきりと憶えていた。
「まあ、今となってはそれもいい想い出かもね」
葵はヒマワリに話しかけるように呟く。
陽太が引っ越してから、しばらくの間は手紙のやり取りをしていた。
しかし、時が経つにつれ、どちらからともなく手紙が途絶えてしまった。
やはり、どんなに子供の頃に仲良くしていたとしても、距離という壁はあまりにも大きかった。
だが、あの頃のような〈淋しい〉とか〈苦しい〉といった感情はなくなっている。
「せめて、来年もこの子達が元気でいるように」
葵は願いを籠めるように、そっと彼らを撫でた。
[あなただけを見つめる-End]