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Act.5

 夏休みが終わって間もなく、葵は母親の口から衝撃的なことを聴いてしまった。


「陽太……、いなくなるの……?」


 葵の問いに、母親は哀しげに笑んだ。


「うん、西山さんの旦那さん――ハル君のお父さんのお仕事の都合でね。ハル君のお父さん、ひとりで離れて暮らすかどうかで悩んだらしいけど、転勤先が自然の多い場所らしいから。

 ほら、ハル君は身体が弱いでしょ? だから、少しでも空気の綺麗な場所の方がハル君のためにもいいんじゃないか、って」


 母親の話を聴いても、葵は何も言葉が出てこなかった。


 ヒマワリが咲いた日に言っていた陽太の台詞。

 陽太はあの時、遠回しにではあったが、葵に別れを告げていたのだ。


 ヒマワリを一緒に見ることはこれからないかもしれない。

 だから今のうちに、葵との想い出をひとつでも多く作っておこう。

 陽太はきっと、そう思っていたに違いない。


(ほんと、バカだよね……)


 葵は陽太の無邪気な笑顔を、恨めしい気持ちで想い浮かべていた。


 ◆◇◆◇


 陽太一家の引っ越し当日となった。

 その日は平日で、当然ながら学校もあったが、母親に頼み込んで休ませてもらった。


「葵ちゃん、ずっと黙っててごめんね……」


 陽太は今まで暮らしていた家の前で、葵に謝罪してきた。


 葵はいつもの腰に両手を当てた仁王立ちスタイルで、「全くだよ」と言った。


「一言言ってくれれば良かったのに……。長い付き合いだってのに、ほんと水臭いよね!」


「ごめん……」


「ああもう! 何度も謝んないで!」


 葵はそう言うと、陽太に手の平サイズの紙の小袋を渡した。

 中には、今年植えたヒマワリから採れた種が数粒入っている。


「これ、陽太への餞別。大事に育てなよ」


「ヒマワリの種だね? うん、ありがとう。大切にする」


 陽太は小さく笑むと、それをポケットにしまい込み、今度は逆に葵に白い封筒を渡してきた。


「これは?」


 葵が訊ねると、陽太は「写真だよ」と答えた。


「今までずっと渡しそびれてしまって……。葵ちゃん、とっても可愛く映ってるよ。写真映り、すっごくいいと思う」


「――陽太……、あんた、そんなことよく平気で言えるね」


「そう? 僕はただ、正直な気持ちを言っただけなんだけど」


「だから、それが普通じゃないよ」


「ふうん……」


 陽太は小首を傾げながら葵を見つめる。

 その表情は、何となくいつもの陽太とは違っているように感じた。


「陽太ー!」


 陽太母が彼を呼んでいた。


「ほら、もう行きなよ」


 葵が促すと、陽太はゆっくり頷いた。


「それじゃあ葵ちゃん、今までありがとう。落ち着いたら、手紙書くからね」


「うん、分かった」


「葵ちゃん、元気でね」


「陽太もね」


「手紙、絶対に書くから」


「それ、さっきも言ったし」


「あ、そうだったね」


 少しでも長く、陽太といたい。

 いつの間にか、葵はそんなことを考えていた。

 だが、時は残酷にもふたりを引き離してしまう。


「葵ちゃん、バイバイ」


 その言葉を最後に、陽太は少しずつ葵の側をすり抜けて行った。

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