Act.2
二日後の日曜日の朝、陽太が葵の元を訪れて来た。
「あーおーいーちゃーんー!」
インターホンも押さず、陽太は家の玄関を開けて大声で葵の名を呼んでいる。
その頃、葵は朝食の真っ最中で、陽太の呼び声を耳にしたとたん、危うく口にしていた味噌汁を戻しそうになった。
戻すのは未遂で済んだものの、その代わり、気管に直接それが入り込んで何度もむせてしまった。
「げほっ……ごほっ……。な、何なの朝っぱらから……」
葵は自らの手で胸の辺りを叩きながら、その場から立ち上がった。
「お母さん、ちょっと行って来ていい?」
母親に許可を求めると、母親はにこやかに「いいわよ」と答える。
「どうせならハル君を入れてあげなさい。お外で待たせるのは可哀想でしょう?」
「うん、そうだね。分かった」
母親の言葉に葵は頷くと、玄関先まで向かった。
◆◇◆◇
「あっ! 葵ちゃんおはよう!」
葵を見るなり、陽太は元気に挨拶してくる。
「陽太、ずいぶん早いね」
苦笑しながら言うと、陽太は「そんなことないんじゃない?」と首を傾げた。
「だって、もう九時になるよ? それに学校に行く日だったら遅いぐらいだと思うけど?」
「そりゃそうだけど……。けど、私はさっき起きたばっかだし」
「えっ! さっきまで寝てたの? なんで?」
「――休みだからに決まってんでしょ。もう、いちいち煩いよ……。
それより入んなよ。お母さんも、外で陽太を待たせちゃ可哀想だ、って言ってたし」
葵が言い終わるか終わらないかの間に、陽太はそそくさと靴を脱ぎ始めた。
普通ならば図々しいと思われがちな行為であるが、葵の家では陽太は常に歓迎されるので、彼が来ると母親が特に手放しで喜ぶのである。
「ハル君いらっしゃい」
案の定、母親は心の底から嬉しそうに笑みながら、葵と並んでリビングに入ってきた陽太を歓迎した。
「おはよう、おばちゃん!」
陽太もすっかり気を良くしたようで、母親に満面の笑みを返していた。
「ごめんね。葵はまだご飯の途中だから」
「ううん、待つのは慣れてるから大丈夫だよ」
「あらあら」
二人のやり取りを見ながら、葵は何とも言いがたい複雑な気持ちになった。
(とりあえず、とっとと食べちゃお……)
葵は自分の定位置に再び戻り、正座して箸を手に取った。
「あ、ハル君、良かったらクッキー食べる? いただきものなんだけど、たくさんあるから」
「ほんとっ? わあい! 食べる食べるー!」
葵の真向かいに座った陽太は、母親の言葉に無邪気に喜んでいる。
母親はそれを嬉しそうに見つめ、葵は渋い顔をしながら、箸をひたすら動かしていた。
ほどなくして、母親は陽太の前にクッキーを入れた皿と、透明なグラスに満たされたオレンジジュースを持ってきた。
「いただきまーす!」
陽太は手を合わせて挨拶すると、幸せそうにクッキーを噛み締める。
片や葵の前にあるのは、食べかけの白いご飯と味噌汁、そして焼いた切り身魚。
傍から見たら奇妙な光景である。
「葵もクッキー食べる?」
ついでのように訊ねてくる母親に、葵は無愛想なままで「いらない」とだけ答えた。
(にしたって、ご飯食べてる最中にお菓子なんか食べれるわけないじゃん)
焼き魚を箸でほぐしながら、葵は心の中で母親に突っ込みを入れた。