Act.1
庭先のヒマワリ達は今年も夏の陽光を浴びて大輪の花を咲かせた。
自分よりも少し背の高い花達を順々に見つめながら、葵は口元に小さな笑みを浮かべる。
気が付けば、あれから五年の歳月が流れていた。
あの頃のことはつい最近のように思っていたから、時の流れは本当に早いものだと、葵は改めて感じた。
「この時季になると、イヤでもあいつの顔が頭ん中に浮かんじゃうよ」
葵は苦笑を交えながら呟くと、過ぎ去った過去に想いを馳せた。
◆◇◆◇
「葵ちゃーん!」
学校の昇降口を出ようとした時、声変わりのしていない少年の声が葵の耳に飛び込んできた。
葵はその場で足を止めると、ゆっくりと振り返る。
「や……やっと……追い着い……た……」
背中のランドセルを揺らしながら葵の前まで走ってきたのは、幼なじみの陽太。
陽太はずっと走りっ放しだったのか、葵に追い着くと、ゼイゼイと何度も肩で息を切らした。
「ああもう! 何やってんの!」
葵は眉間に皺を寄せながら、両手を腰に当てた姿勢で陽太の前に仁王立ちした。
「急に走ったりしちゃダメだって言われてるでしょ? 無理したらまた学校を休まなきゃなんなくなるんだからね!」
「――だって葵ちゃん、僕を置いて先に帰ろうとするから……」
陽太は恨めしげに葵を睨んだ。
そんな視線をまともに向けられると、さすがの葵も何も言えなくなってしまう。
「わ、悪かったよ……」
葵が気まずそうに謝罪を口にすると、陽太はすぐに機嫌を直し、花が咲いたように満面の笑みを浮かべた。
「じゃ、一緒に帰ろ」
陽太は無邪気に言い、葵の手に触れようとしてきたのだが――
「こっ、コラッ!」
あと少し、というところで、葵は慌てて手を後ろに隠した。
「いい加減手を繋ぐのは卒業しようよ。だって、あたしも陽太も来年はもう中学生なんだよ? 恥ずかしいでしょ普通」
「え? 恥ずかしいかな?」
「当たり前だっ!」
小首を傾げながらキョトンとしている陽太に、葵は鋭い突っ込みを入れた。
「だいたい女のあたしといつまでもベッタリなのも考えもんよ? ねえ陽太、そろそろ男の友達を作りな?」
「だってみんな、僕と仲良くしてくれないもん……」
機嫌が直ったと思ったのに、またしても不貞腐れてしまった。
頬をプウと膨らませ、今にも泣き出しそうな表情で俯いている。
(仕方ないなあ……)
葵は溜め息をひとつ吐くと、自分のショートヘアを手でクシャクシャさせた。
陽太は生まれ付き、身体があまり丈夫ではない。
そのせいか、同年代の男の子達と比べると華奢で、肌の色も女の子の葵でも妬ましく思えるほど白い。
また、よく苛められてもいた。
ことある毎にからかわれ、そのたびに葵が助けてあげていた。
葵は陽太とは対照的に女の子とは思えないほど喧嘩が強く、周りの男の子達には一目置かれた存在でもあった。
だから、葵が側にいる時は、男の子達は陽太を苛めるどころか、近寄って来ようともしない。
うっかり喧嘩を売ろうものなら何倍にもして返されるから、絶対に手出しはしない方がいい、と彼らの間で暗黙の了解があったようだ。
(あたしだって、一応女の子なんだけどな……)
自分より女の子らしい陽太を見つめながら、葵はふと思う。
一方、陽太は葵を小首を傾げつつ不思議そうに見ている。
そのさり気ない仕草がまた可愛らしくて、つい、ムッとしてしまう。
「ほら! とっとと帰るよ!」
葵は陽太から視線を外すと、クルリと踵を返した。
「えっ! まま……、待ってってば!」
その後ろを、陽太が慌てて追って来る。
(ほんと、いつになったら陽太のお守りから解放されるんだろ……)
葵はひっそりと溜め息を吐きながらも、陽太に負担をかけさせまいと歩幅を縮めて歩いた。