第四章 下 初戦
「毎度ありー!」
元気のいいおじさんの声に見送られて、俺とセリアは建物を出た。
俺達は宿で一泊、商店街の出店で朝食をとった後この街から隣の街に移動する準備として、武器屋に来ていた。
俺は異世界に転移する直前に身に付けていたものしか所持してなく、無論化け物と戦う道具など持っていなかったのだ。
「いやー。まさかセリアが俺に奢ってくれるなんてなー。俺の中でのセリアの認識が変わった瞬間だったよ、」
高校に一人はいるドラマに影響されてグレる女からやっぱ貴族だったんだ、に変わった瞬間だったよ。
「でもよ、本当に俺木刀で大丈夫なのか?木刀って天然パーマか三下が持ってるイメージなんだけど、」
俺は右手に握られている木刀を眺めて尋ねる。
実際俺は修学旅行の時に京都で木刀を買ったことがあったのだが、「先生に預けなさい」とうるさい教師と怠慢して素手の相手に負けたほど、木刀には敗北の方程式という固定観念が染み付いてしまっている。
「問題ないわ。何のために貴族が眷族を召喚すると思ってるの?戦わせるためよ。戦うための眷族が戦えないなんてことあるわけないでしょ?だからハジキみたいな見るからに雑魚そうな奴でも戦う能くらいあるはずよ。」
おっとまるで俺が戦う以外能のないやつと言わんばかりの言い方じゃないか、と言ってやりたかったが俺もそろそろ異世界チートのフラグ立たねぇかなーと思っていたところだったのでその台詞は呑み込むことにしよう。
それに、ここまで露骨なフラグを立てれば嫌でも手から破導砲が出たりだとか、二刀流が扱えたりだとかしてれるだろ。
・・・・してくれるよな?頼むよ、
そう天に祈ってた俺の耳に、
「止まれッ!」
と鋭い声が入った。
「街の外に出る用件と馬車の中を見せろ。」
綺麗に手入れされた鎧に、エンブレムだろうか模様の入った旗を持っていることから街の門を守る人だと判るのにそれほど時間は掛からなかった。
俺達の前を歩いていた馬車を連れた集団が引っ掛かったようだ。
「いきましょう。大きな荷物を持ってなければ街門は素通り出来るわ。」
俺達は幅六メートル程の門をくぐる。
これは昨日セリアに聞いたことなのだが、魔力が集まって生まれたモンスターは、発生してから時間が経つほど強くなるらしい。だからそんな外敵の侵入を阻むために街壁と中と外を繋ぐ街門があるそうだ。
「でもわざわざ危険な外に出てまで物を運ぶ仕事があると思うと魔法や錬金術が使えるやつが、どれだけ需要があるか分かってくるな。」
街の外に出たが、道はあるとはいえ完全に鋪装されてる訳でもない。
これは歩くと疲れそうだな・・・
そう溜め息をつく俺の視界の端に何か黒い影が横切った。
幸いこの辺の野原は背丈が高くなく、すぐに影の正体が判明した。
緑色の肌に、使えるのか分からない石の剣。ゲームをしたことがある人間なら、間違える筈もない有名過ぎるモンスター、
「「ゴブリンだ(ね)」」
そう、いきなりゴブリンの群れに遭遇した。
異世界に来て自分たちに馴染みのあるモンスターの登場に俺のアドレナリンは大量分泌中だった。
だってゴブリンだぞ!異世界の王道ゴブリンさんだぞ!
興奮の止まぬ俺はついセリアに言ってしまったのだ、
「なぁセリア。あのモンスターたち狩りまくろうぜ!」
目をキラキラさせてただろう。幼い頃を思い出したかのように言う俺にセリアは冷静にいや冷酷に、
「いえ、結構よあれは私に任せなさいな。私も丁度魔法の威力を試したかったところよ。」
まさかの独占宣言であった。
しかし、完全に目の据わったセリアを見てセリアの本気を見たいと思った俺が居たのも事実である。
ゴブリン達が俺達に気付き集まって来るのを確認して、セリアはその哀れな群れに言い放った。
「焼き開け、『ファイヤー・ウェーブ』。」
セリアの手から放たれた火の波がゴブリンを一瞬にして肉塊に変えた。
「『ライトニング・ブロア』!」
ブヒャッ!
「『レイン・オブ・ロック』」
グシャッ!
「『ツイン・ファイヤーボール』」
ボフャッ!
俺は自分の名前の総角数を数えるより先に、阿鼻叫喚と化した平原を見ていた。
セリアが何か魔法を打つ度に断末魔をあげて消滅するモンスターに同情するレベルの圧倒的な鏖殺である。
セリアがゴブリンの群れを焼き払ってからその音を聞き付けて山のように向かってきた他のモンスターを片っ端から殺しているのだ。
俺は軽はずみに狩ろう等と言ったことを後悔していた。無双アニメの生々しい虐殺ではないのだ。俺の目と鼻の先の先程までは荒々しく向かってきた化け物がなんとも無慈悲に、始まったばかりの冒険で消滅する姿は正直見たくなかった。
「ふぅ、魔法は良好ね。」
俺が戦慄していた間に全て片付けたセリアが満足げな顔で戻ってきた。
「お、お疲れ様です。」
気付いたら敬語になってるじゃないか。
ビビるな俺!
「ええ、先に進みましょう?」
そう言いながらセリアは地面に屈みだした。
魔法の使いすぎで体に不調でも出たのか?
そう思って手を差し伸べようとしたが、セリアは地面に落ちている、えらく透明度の高い石の様なものを拾っていた。
「な何拾ってるんだ?」
変な儀式でもするのかとおっかなびっくり尋ねる俺に、
「これはモンスターが発生してそれなりに時間が経つと、体のどこかに現れる魔力の集合体、魔石よ。今の時代灯りとか火の元とかで魔石は必需品になってるのよ。だからこれは売れるの。」
セリアはこんな常識知らないの?と答える。
だが、これでモンスターを狩るなんて物騒な商売があるか理解できた。
「俺も拾うの手伝うよ。」
金になるものは大事にしないとな。
黙々と魔石を拾う俺にセリアが、
「見て!モンスターが発生する瞬間よ!」
セリアが指を指す方を見ると、確かに虚空が青白く光りいかにも化け物を産みます。と言ってるようだ。
「どうせならあいつも狩るわよ。ハジキはこの辺の魔石をよろしくね。」
そう言ってセリアが詠唱を始める。
さっきは無詠唱で魔法を打ったことから今回はかなり強力な魔法を使うのだろう。
やがて青白い光は4足獣の輪郭を作っていった。
そして徐々に光が治まってきた。
それに合わせセリアが
「『アイス・ボウ』!」
氷の矢を放った。しかし、
ピョンッ!
跳ねたモンスターを横切るだけに終わった。
「おい避けられてるじゃねーか!」
「え、嘘!生まれたれでこの魔法を避けるなんて!」
セリアも驚きを隠せないようだ。
俺もまさか避けるなんて思ってもいなかった。
「ほら見ろ!お前舐められてるぞ!自分に襲いかかってきたやつの前で踞るなんて舐めてる以外あり得ないって!」
そのモンスターはお昼寝中だ。
「ふ、ふざけるんじゃないわよ!あぁんの、獣ぉ!絶対ぶっ殺してやるわ!」
セリアが顔を真っ赤にして襲いかかる。
だが、モンスターも素早く、なかなか追い付けないようでかなり遠くまで行ってしまった。
あれは多分戻ってこないな。俺もいくか。
俺もセリアの後を追う。
俺がセリアに追い付いた時にはモンスターは動けなくなっていた。
「ははっ!ざまぁないね!私のショック・エレクトはよく効くでしょ?さぁ引導を渡してやるわ!」
セリア詠唱したのち、
「『ライトニング・フォールン』!」
セリアの雷がモンスターを穿った。
「勝ったわ!はははははははははははははははははははははははは!」
セリアは大満足の様だが、
「なぁ、この雑木林どっち行ったら出れるんだ?」
俺達にまんまとモンスターに雑木林まで誘導された訳だが・・・
「そんなのコンパスを使え・・・あぁ!」
セリアが自分の荷物を見て声をあげた。
「止めろ!それ以上言うな!落ち着けばなんとかなるから!」
俺の第六感がそれ以上聞くなと拒んでいる。
「コンパス・・・家に置いてきちゃった、」
俺とセリアの野宿が決まった瞬間だった。
くそぅ!