第8章 上 エルフがいればそこは異世界
明日やろうで半年経ちました。
「 わ~たしのまーわりはに~んぎょうせかい~」
ハジキは夢を見ている。その自覚があるのだ。明晰夢というやつだろう。
「な~にもい~わっないで~ぐのぼうと~」
辺りは暗く様子は解らないが、不愉快に感じない。
「あ~らがっいつ~づけるで~ぐのぼう」
視界はダメだが耳は明瞭。ハジキは思考する。
夢を見ている事は最早疑いようがない。・・・では先程から聞こえる歌は何だ?
その歌はゆっくりとしたリズムで優しい音色。声の主は女性だろう。
「た~たかいつ~づけてい~とはほっつれ」
誰の声だろう・・・。ハジキは熟考する。夢の中に出てくる程の歌だ。もしかしたら自分が過去に聞いたことがあるかと思ったのだ。
記憶を探る。姉?母さん?否。彼女達は音痴だった。
記憶を探る。小学校?否。たかだか2年だ。
「わ~たしにた~すけをも~とめてる」
否。そもそも前提が違ったのだ!この歌は俺の記憶を以て作られてのではなく、今外の俺の近くで歌っている人間がいたとしたら?
「よ~せいさんのた~すけをかりてい~ちまいめ~をつ~れてきた」
そう考えると一人心当たりがいる。
セリア・リ・スカーレット。長くハーフアップに結われた蒲公英色の髪と淡いセルビアブルーの双眸のまだあどけなさが残る顔だちの少女だ。
「こ~しにか~たなをた~ずさえて~」
その少女の声は、今俺の耳に聞こえる声と同一と見なせるほどだ。
「あ~なたのお~なまえな~んていう?」
嗚呼。もう疑問はない。
そうハジキが感じた刹那、彼の意識は地上へ引き上げられた。
◇ ◇
体に重さを感じる。夢から覚めたのだろう。
おもむろに瞼をあける。自分は椅子に座ったまま寝てしまったのだろう。ぼやけた視界と意識でも、それくらいのことは認識出来た。
そしてもう1つ。
「・・・・セリア。一体何しようとした?」
腕枕をしていたとはいえ、顔は外側を向けていた俺は首を動かさずともその少女が視界に入ってきた。セリアは口を横一文字に結び、薬指と小指のみ閉じた状態で、手を俺の顔に向けながら固まっている。
「お、おはようハジキ。まだ朝になるまでには12時間程あるけど?」
「俺は僕の○休みみたいに1日を寝て過ごせるほどハイスペックじゃねぇ。」
「ま、大方俺の鼻でも摘まんで悪戯してやろうとでも思ってたんじゃないか?」
そう言いながら、俺は体を大きく伸ばす。あー、凝り固まった背筋がほぐれるようだ。
セリアはそんな様子の俺に対して目を細め、
「心外ね。私はあなたとの約束を守るために仕方なく、鼻を摘まんだだけよ。」
そう抗議しテーブルの端にある時計を指で示す。
「・・・・っあ!!もう6時なのか!」
「そうよ。だから熟睡しているあなたを起こしてあげようという粋な計らいよ。」
「あー確かにな。エルフが見たいって言ったもんな。」
すまん、とセリアを軽く頭を下げる。
事の発端は本日の昼。
「あっ今日の夜はレイリアの賃貸の解約を大家に了承させに行くから。7時までに準備お願いね」
「たかだか賃貸の解約で随分と緊張してるな?」
「当たり前よ。大家はエルフだからね。彼らは頭が良いって言うし、上手く言いくるめられて解約金とか払わされたらどうしようってね。」
「へー。エルフは頭が良いからたい・・・・・・え?今何て言った?その片仮名の部分。」
「片仮名の部分って私が発した言葉は全部片仮名よ?」
「じゃあ言い直そう。30秒程前の単語をもう一度。」
「・・・・・エルフ?」
「そう!!いたんだ!?・・・今まで偶然遭遇しなかっただけ?じゃじゃあ見に行きたい!」
という事があり、本来の予定を一時間早めて貰ったのだ。本当なら今すぐにでも外に飛び出したい所だが、今はこの賃貸の契約者であるレイリアを待たなくてはならない。
「・・・にしてもレイリアのやつ遅くね?」
「うぅぅん。そうね、書類を用意するって言ったきり部屋に籠っているわ。きっと私以上に緊張しているのだわ。」
「まぁあいつはそういうの苦手そうだもんなぁ。もしかしたら手の平に「人」の字でも描いてるんじゃね?」
「そういえばさ、さっきの歌何?」
「あら?聞いてたの?あれはスカーレット家に代々伝わる詩よ。初代の当主様が二番まで創ったそうよ。」
「へぇー。」
と実に中身の無い薄い会話をして時間を潰しているのだが、一向に出発出来そうにない。
そろそろ本来の目的にすら支障が出るかもしてないと判断した俺達は、様子を見に行こうと席を立つ。
「すいません!お二人を待たせてしまって!予想以上に書く項目が多く。・・・・ごめんなさいハジキ君。ハジキ君には1時間以上待たせてしまった上に、これだと数分しか大通りにいることができそうになく・・・」
バァン!と建物の強度を無視したかの如く勢いよく開けられたドアから女性が早口に話ながら出てきた。その女性はレイリア。バイオレット色の髪と双眸の女性である。
瞳に涙を滲ませながら陳謝するレイリアに、
「いいって別に」と手を振る俺とセリアはそのままレイリアと玄関へ向かった。
「てか、そんな必要項目なんて適当に書いとけば良いじゃねぇか。特に他人の項目なんて裏をとる事は殆ど無いんだから。」
「えっ?嘘?ハジキ、あなたに借金が出来ても私の名義は使わないでよね?」
「セリアよ。借金を背負いたく無いなら、くれぐれも俺の前に実印とか置くなよ?」
「・・・・・・肝に銘じておくわ。」