病室にて -妹、襲来- -1-
(あーなんだか緊張してきたなぁ...)
今日は本条から彼の妹が来ることを告げられていたので、朝から何となくそわそわして過ごしていた
ベッドの回りを片づけたり、髪を梳いたり、鏡の前でパジャマの着こなしをチェックしたりしていた。
途中で友達の妹がやってくるだけなのに、なんで僕はこんなにもはしゃいでるのだろうと冷静になって、ベッドに倒れ込んだ。
(そもそも本条の用事とは何なのだろうか)
僕が入院してから、平日に本条がやってこない日は今までなかった。
チクチクと胸の奥が痛むけれど、用事があるなら仕方あるまいと心を落ち着かせた。
そもそも別に約束して会ってる訳でも何でもないのだから、ここに来るかどうかは本条の自由だ。
そんなことをうだうだ考えていると、病室の扉がスーッと開いた。
僕の高校の制服を着た女の子が伏目がちに入ってくると、両手で扉をゆっくりと閉めた。
その女の子はトコトコと僕の方へ歩いてくると、ベッドの横にあるパイプ椅子にストンと座った。
そして、学生鞄を膝の上に置くと、ごそごそと中を探り、赤色の毛糸と棒針を取り出すと、鞄を地面に置いた。
(え、編み物...?)
僕がそう驚く間に、彼女はいそいそと編み物を始めていた。
彼女が余りにも自然な流れで当然のようにそれをしているので、僕は突っ込む暇さえなかった。
(あれ、この子って本条の妹ってことでいいんだよな?)
というか、じゃないならば怖い。
僕はすっかり話しかけるタイミングを失ってしまっていたので、コホンコホンと咳払いをした。
「あのー」
僕は黙々と編み物を続ける少女に声をかけた。
しかし、彼女はまるで聞こえていないかのように作業を続けている。
(大分聞いてた印象と違うな...)
本条の話を聞いていると、もっと明るい印象の子かと思っていた。
ツインテールの髪型に、おでこが隠れるくらいの直毛。髪の色は少し赤みがかっている。
本条とは似ても似つかない。あのガサツな男と違って、繊細そうな印象を受ける。
そして、とても整った顔立ちをしていた。
「本条の妹さん...だよね...?」
僕は恐る恐る尋ねてみると、彼女は少しだけ顔を上げて、コクリと小さく頷いた。
「あ、よかった」
僕はほっと胸を撫でおろした。
とりあえず "全然知らない人が急に入ってきて、僕の横で編み物を始めている" という最も怖い状況ではないことが確認できた。
しかし、"僕の横で急に編み物を始める"という点についてはどうにも納得のいく答えが出なさそうだった。
「......」
そして、沈黙が訪れた。
本条の話では、本条の妹が僕に会いたがって来たということだったのだが。
目の前の彼女は、僕には目もくれず、編み物を続けている。
(どうしよう。間が持たない。)
僕はきょろきょろと周りを見渡した。何か、この場を乗り切れるものはないものか。
そして僕は、部屋の隅に設置してある小型の冷蔵庫に目を付けた。
「喉乾いてない?」
僕がそう尋ねると、彼女はまた顔を少しあげ、コクリと頷いた。
「じゃあジュースでいいかな?」
そう言って僕がベッドを降りようとすると、彼女は不意に立ち上がった。
「あ...私が自分で取ります...」
彼女はこの病室にきてから記念すべき第一声でそう言うと、トコトコと冷蔵庫まで歩いた。
「あ、ごめんね。ありがとう」
僕は冷蔵庫まで歩くくらいはどうとでもないのだけれど、折角なので彼女の気遣いに甘えることにした。
冷蔵庫のドアを彼女が開ける。
「リンゴジュースとオレンジジュースがあるから、どちらでも。お茶が良かったら冷蔵庫の上の紙コップに入れて飲んでくれたらいいよ」
彼女の背中に向かってそう伝える。
彼女は10秒ほど悩んだ末にリンゴジュースの缶を手に取っていた。
「...何を飲まれますか...?」
彼女が少しだけこちらを振り返って尋ねる。
「じゃあ僕もリンゴジュースを」
僕がそう言うと彼女はもう一つリンゴジュースを冷蔵庫から取り出し、ゆっくりと扉を閉めた。
僕の方へトコトコ歩いてくると、手に持ったそれをひとつ渡してくれる。
「...どうぞ」
「ありがとう。」
僕が受け取ってお礼を言うと、またトコトコとパイプ椅子に戻る。
カチャッ
僕はプルタブを開けると喉にジュースを流し込んだ。
緊張で乾いた喉を心地よく湿らせてくれる。
彼女の方を見ると、両手で缶を持ってジュースをくびくびと少しずつ飲んでいた。
僕は手に持ったジュース缶を見ながら、はてこれからどうしたものか と 考えを巡らせた。
病室にて -妹、襲来- -1-