夏蜜柑
『今夜最後のお便りはペンネームらむさんからです。最近、私は失恋しました。落ち込んでいるときにこの曲を聞きました。暖かくなんだかほっとしました。他にも出会いはあると、
前向きに行こうと思います。
そうですね、きっと出会いはたくさんあります。
頑張ってください。
私からの応援を込めて、
らむさんのリクエスト、
風夜の
「大空へ…」』
【僕の声が聴こえないの?それでも君の名前を呼び続けるよ。愛しい君へどんな事があろうと守り続けるよ。だけど、君が独りで飛び立つのなら、僕は別れを言うよ。君が愛しいから君に笑っていてほしいから。だから、『さよなら』を言うね?】
僕は意味不明なこの曲に耳を傾けながら、机にくいついていた。
夏期講習最後のテストで思うような点が取れなかったのだ。
難しい問題をじっと見つめていたが、それだけで分かるなら苦労はしない。気晴らしにと、じいちゃんから貰った古いラジオを取り出した。
すると、この曲が聴こえて来た。
好きなら、どうしてさよならすんだよ?
どうして、守るんじゃないのかよ?
この曲を聞いて思った。
もともと音楽はそこまで好きじゃなかった。
でも、好きな曲がない訳でもない。
ただ一つ言うとすれば、この曲は嫌いだ。
「ねぇ、ふーやの新曲聞いた!?超良い曲じゃない?切ないけど、なんか暖かくてさぁ。」
「分かる!」
ふうや?
あぁ、あの風夜か。
学校では、みんなあの曲の話をしていた。
僕と同じでラジオで聞いたのか、それとも、テレビかなんかで聞いたのかも知れない。
何にしろ、僕と考えが違う人があの曲を好きになると言うだけなのだろう。
「よぅ、静ちゃん。機嫌悪いん?」
明るい金色の髪が風に靡く。
「静ちゃんって呼ぶな。」
こいつ、山根嘉理はヘラヘラ笑いながら僕の机に座った。
こいつと同じレベルの授業を受けていると考えるだけでイライラする。
何も努力してないくせに、遊ぶために学校に来て。
ふざけるな。
僕がどれだけ勉強してると。
笑わせるな。
僕はお前等とは違う。
「んじゃ、久崎静くん。今、話題になってるバンドはなーんだ?」
何を言い出す。
可哀想な頭で。
「知らない。」
山根はニヤリと笑った。
「風夜。だろ?ふうや。」
どいつもこいつも。
それしか言えないのか。
そこまで、可哀想だったか?
「じゃーん!」
ヒラヒラと紙切れを僕の目の前にだした。
「なに?」
「風夜のライヴチケット。行かね?」
は?
なんで僕?
「意味不明。別に誘う人いんだろ?」
「だから、だよ。俺さ、風夜がアマチュアの時から知ってるんだよな。だから、風夜に興味ない人がスゲーむかつく。」
だからお前を誘うんだよ。
誰が何が好きであろうと関係ないだろ?
「行かない。興味ないのに行きたくない。」
「興味出るかも知んないだろ。」
勝手に決めてんなよ。
「風夜スゲー好き。お前も好きになってほしいってやつ?」
イラっとして、僕は教室を出た。
わがまま?
自己中?
どれも違う。
あいつはあえて言うならば、能天気。チャイムがなり、放課後の訪れを知らせた。
放課後の図書室に行くと、雑誌が忘れたのか置いてあった。
最近の音楽雑誌。
誰のか分からないがページをめくった。
そこには大きく『風夜』と書かれていた。
真ん中には髪を高い位置で結った大きな目をした女の子がじっと此方を見つめていた。
なんだこの子は?
心臓がドクンと波打つのが分かる。
目の前が真っ白になり、そして暗くなる。
蛇に睨まれたように体が動かなくなった。
冷や汗が流れた。
はっとすると、女の子が微笑んだように見えた。
その女の子を囲むようにして、顔の整っている三人の男の子が立っている。
これが『風夜』。
初めて顔を見た。
1人1人が個性的で、オーラをまとっている。
風夜は1人1人にきっと、才能というものがあるのだろう。
努力もそれなりにしているのだろう。
努力が好きな僕でもそれでも、僕は風夜の音楽を良いとは思えない。
それは、僕の育った環境にも影響していて。
良いとは思えないとは言ったものの、本当はゆっくりと風夜の音楽を聞くのが怖いのかもしれない。
僕はフッと軽く笑った。
たまには、良いかもな。
教室に戻ると山根が鞄に教科書をつめていた。
「おい。」
「静ちゃん?」
また、ちゃん付けかよ。と、ため息をつきながら山根を見た。
「ライヴ…行って…やるよ。」
山根は目を見開いた。
そして、人懐っこい笑顔をみせ、チケットを僕に差し出した。
家に帰ると当たり前のように、誰もいない無駄に広い。ネクタイを緩め、僕は勢い良くソファーにもたれた。
久しぶりと言って良いほど、少しホコリ被ったリモコンでテレビを付けた。
激しい音楽が流れ、思わず耳をおさえた。
テレビをゆっくり見ると、雑誌で見た女の子が歌っていた。
僕は引き込まれていくのが分かった。
【you?私はちっぽけで自分を見つめると崩れ堕ちて行った。天使のように美しく。悪魔のように強く。闇と光は隣り合わせだけど、歌を歌い、知らせよう。私は此処にいるよ。】
『飛翔』と言う曲をしんみりと歌いあげた女の子はギターの男の子の肩をポンと叩いた。
漆黒の髪をなびかせた。
僕はチケットをギュッと握りしめた。
机に向かって、教科書を開けた。
勉強開始。
なんだかんだ言ったって、僕も周りの人と同じで風夜に夢中になっていたと言うことだな。
我ながら可笑しいな。
僕の部屋のドアがゆっくり開いた。
「勉強はかどってますか?」
ソプラノの声が僕に話しかけた。
振り返ると母さんが立っていた。
「今日…早くね?」
「仕事が早く終わったの。」
どこかの大きな企業で働いてる母さんに、
医者でそれなりの位についている親父。
金はそれなりにある家庭に生まれ、楽しいこともなにもない、ただそのぶん厳しく育ってきた。
勉強が出来ればなんでも出来ると教えてられていた。
人間は独りなのだと、だから友達なんか作るなと言われ続けた。
仲が良い友達なんて居なかったし、机に向かってじっとしているのが僕の生活でもあった。
普段厳しい顔ばかりしている両親も良い点を取ると
「良くやった」と誉めてくれた。それだけが嬉しくて今もずっと勉強をし続けている自分がいる。
それが苦痛で自由になりたくて…
それでも、何かを求めて勉強をし続けている。
風夜のライヴに行く。
それは初めての両親と自分に対する反抗だ。
「おい。山根!」
ライヴ当日、山根は30分遅刻で待ち合わせ場所にやってきた。
「悪ぃ。昨日、興奮して寝れんかった。」
山根はニヤリと笑った。
「っざけんな。」
山根は僕の頭を軽く叩き走り出した。
「何すんだよ!」
「急ぐぞ!時間おしてるからさ。」
「お前が遅れたんだろ!」
急いでバスに乗りこんだ。
「静ってさ、最近変わったよな?」
僕はダルそうに隣に座っている山根を見た。
「そうか?」
「そうだよ。毎日独りで勉強してる暗い奴だったのにさ、今は凄い話すようになったし?」
「それは…お前が話してくるから。」
山根は僕の額を小突いた。
「違う…だろ?本当は今みたいに皆と話したいんじゃね?今は本当のお前でいる。って言うかさぁ。」
本当の僕?
意味が分からない。
でも、独りは怖かった。
皆がコソコソ話してると、僕の事を言われてる気がして。
独りは大丈夫だと、一匹狼でいたけど、本当は独りは嫌なのに。
強がってしまって。
山根が話しかけてくれて、慣れないながらも話す事が出来て。
風夜を見る事が出来て。
「うぜぇ。何も変わってねぇよ?」
「…ありがとう…な…?」
「ん?何か言った?」
僕は小さく呟いた。
ありがとう。
勉強ばかりの僕にはこの世界は無知で、
苦しくて。
勉強さえ出来れば何でもわかると思っていたけど、
逆に何も分かっていなかった。
今流行りの曲。
人気の芸能人。
友達と何気ない話をする事が何よりの『世界』だと思う。
「何でもないよ。」
ライヴ会場は大きなドームだった。
人が多く人混みに酔った。
周りの人たちは、風夜のコスプレや団扇を持ったりと、ライヴに合った格好をしている。
どう考えても僕は浮いてる。
クソ真面目な服装に、秀才とでも言うような髪型に眼鏡。
普段は、服装なんて気にしなかったが、今の流行りを見せつけられる。
「どうした?中入るぞ。」
山根は僕の何かを察したのか半ば強制的に会場へ入った。
「どうする?グッズ買う?」
僕は静かに首を振った。
何をしにここまで来たのだろう。普通、ファンならグッズを大量に買い占めるのだろう。それなのに僕は…。息抜きに?
反抗に?
普通の人になりたくて?
どれもどこか違って。
ステージの電気が急に消える。
歌声が静かに聞こえて来た。
ステージの上からワイヤーでつられて、空を優雅に飛びながら漆黒の髪の少女は歌っていた。
周りからは歓声が上がり、『ニイナ』と言う声が聞こえた。
「本物のニイナだ…。」
山根も興奮気味に呟いた。
漆黒の髪の少女、ニイナは綺麗に着地すると青い衣装をはためかせ、一礼した。
「盛り上がって行こー!!」
ニイナは大声で叫んだ。
「ギターの!?」
『波風!!』
ニイナの声に合わせ、
観客は名前を呼んでいく。それに合わせ、風夜のメンバーが登場していった。
一曲演奏され、
また一曲演奏される。間に何か話をして、また演奏される。
周りも声が枯れるまで叫んでいる。
だけど、僕は体が動かず、声も出ないで、
ただメンバー一人一人を見つめた。
なんて乗りの悪い客だろう。そう思われたにちがいない。
だけど、体が硬直したように動けなくて。
ただ、見つめる事しか出来なかった。
自然と涙が一筋頬を伝った。
叫びたい。
声が出ない。
笑いたい。
頬が上がらない。
この世界は、理想に埋められている。
誰が好きとかそんなのも理想で、結局は自分が一番可愛いんだ。
理想が理想が生む。
それに耐えるのが苦しい。
風夜の歌詞は僕の中に入ってくる。痛いほど。
甘く切ない。
ただそれだけのこの歌詞に理想に入っている。
だから、風夜を見つめているのかもしれない。
隣をふと見ると山根も泣いていた。
泣きながら、周りがうるさくて聴こえなかったが何かを叫んでいた。
あまりにも、それが衝撃的で僕は目を見開いた。
何に驚いたかはわからない。自分だって泣いてる。
なのに、衝撃的だった。
「ありがとー!!!」
ニイナが叫んだ。
それで我に戻った。
一人一人何かを言って頭を下げた。
皆が涙していた。
ニイナも泣いていた。
その涙があまりにも綺麗で僕は、じっと見つめた。
「どうだった?来て良かったろ。」
会場から出ると山根は僕に問いかけた。
涼しくなっていた夜は何処までも続くような静けさがただよっていた。
「うん、そうだな。来て良かった。ありがとう。」
「え!?」
「なんだよ。」
山根は大声を出した。
「今、ありがとうって!俺に言った!?」
「さぁなぁ?」
山根が騒ぎまくる。
例えば空を飛べたとしたなら。
そしたらきっと気持ちが良いのだろう。
例えば海の中で生活出来たなら。
そしたらきっと静かに生きて行けるだろう。
何にもわからない。
実際はどうなのかわからない。
それでも夢を見たいじゃないか。
だから、笑おうじゃないか。
生きるのに苦しくなったら楽しい事を見つけよう。
僕は風夜を知って
周りの事を知れた。
だから、楽しい事をしたい。
笑って笑って笑って
しょうもない事をして笑い転げて。
苦しんで苦しんで苦しんで
どうしようもない事で泣き叫んで。
涙が枯れるほど泣こう。
少しはマシになるだろう。
だからさ、
自分自身を見つめて
自分自身を愛して
大丈夫だと言い聞かせ
前を向こう。
【明日、笑えるカナ?明日、信じられるカナ?夢を見つめそれが勇気となるよね。自信が持ちたくて、自信を手に入れたくて。ただ光を見つめようよ】
まず読んでいただいてありがとうございました。文章力がなく読みにくく、何を伝えたかったの?と思われたかもしれません。ただ、私が伝えたいのは1つだけじゃなく、周りを見つめてほしいと言う事です。ありがとうございました。