4章 第26話
フェンの驚く声は、一瞬にして、周囲の人々の鼓膜へと響き渡る。
刹那、
街の人々は混乱しながら、氷が降り止んだ道を走り……俺たちから段々と遠ざかって行く。
そして、数分もしないうちに……さっきまで辺り一帯に散らばって存在していた人影が、目前から多く消えてしまう。
場に残った者は……プルイドやセリカ達、それと俺たち六魔柱だけで……街を行き交っていた人々の姿は、視界に誰一人映らなくなってしまった。
……人々が、これほど六魔柱のことを恐れているとは。
内心そんなことを思っていると、
「ちょっ、おい!? 我の右腕を掴むなっ!?」
後方から、プルイドの急ぎ焦っている声が、聞こえてきた。
俺はすぐさま、声が発せられた方を振り返る。
すると……セリカが両手で、プルイドの右腕に掴み掛かっている光景が……両眼に飛び込んだ。
セリカは、プルイドを懸命に自身の方へ引っ張りながら言う。
「ちょっと、ねぇ!! なんで、逃げようとするのよっ!?」
プルイドは、顔を真っ赤にしながら言葉を返す。
「ゔぐぅ……ちょ、なんなの!? 地味に、腕の力が強い……。くそっ、早く両手を離せぇぇ……」
と、
プルイドは片腕が不自由になったことで、持っていた球体を地面へコロンと、落としてしまう。
球体は、コロコロと地面を転がり……イリビィートの足元で、ピタリと動きを停止させた。
イリビィートは無言で、地面から球体を拾い上げる。
瞬間、
「くそぉぉおお……その球を返せぇぇ……」
セリカに動きを封じられているプルイドは、文句を呟くなり……ブツブツと何か唱え始める。
すると、イリビィートの頭上に巨大で鋭利な氷塊が、突然に現れた。
目前の景色に焦った俺は、思わず大きな声で叫んでしまう。
「お、おい!! イリビィート、危ないっ!?」
「心配はご無用よ……」
イリビィートは密かに返答してくると、尻部から美しく長い一本の白尾を生やし……頭上の氷塊を一発の打撃で叩き割った。
この攻撃的な光景に、ユンバラとドルチェが興奮して叫ぶ。
「「うおぉぉおおおお!!!!」」
叩き割られ粉々になった氷塊は、キラキラと輝き……地面へ雪のように降り注いでいる。
プルイドは、そんな風景を唖然と見つめながら、力無く口を動かす。
「う、嘘だ……我が生み出した氷が……こんなにも呆気なく……」
目を見開き茫然としているプルイドを手前に、シュティレドが俺たちに言う。
「よし、早く撤退しようっ!!」
そんな言葉に重なって、ペリシアの声が聞こえてくる。
「ねぇ、さっき……!! イリビィートっていう名前が……聞こえたんだけれど??」
どうやら……俺が先ほど咄嗟に『イリビィート』の名を叫んでいたのが、バレていたらしい。
俺が身バレを心配する中……アネータさんが微笑みながら、ペリシアへ言葉を返す。
「イリビィートは今、監獄島にいるんですよ? きっと気の所為ですよ!!」
……もしかして、アネータさん。耳が悪いのか?? まぁ、そんな事はどうでも良いか……助かった。
俺が安堵の一息を吐いていると、ベジッサが背後から呟いてくる。
「早く、行こう……」
「お、おう……」
不意に聞こえてきた声に返答するなり、俺は黒鱗翼を大きく広げたシュティレドの方へと駆け向かう。
そして、シュティレドの腕にしがみ付こうとした時、
「ねぇ……貴方は、あっちよ」
いつの間にかシュティレドの右腕に抱き抱えられていたイリビィートが……俺の視界端を指差して言ってきた。
……え?
指が向けられた方へ視線を向けてみると……ユンバラを左腕にしがみ付かせて、機嫌良さそうにしているドルチェの姿が確認できる。
と、
「おいっ!! お前ら、一体何処へ行く気だ!?」
突如……フェンが俺の所へ駆け向かって来ながら、問い掛けてきた。
事態に気付いた俺は、すぐさまドルチェの方へ駆け向かい、空いている右腕に急いで飛び付く。
俺がそんな事をしている中、シュティレドがフェンへ微笑みながら返答する。
「目的を達成したから……この国を出ていくんだよ」
返答を耳にしたプルイドは、未だセリカに右腕を捕まえられながらの姿で言う。
「おい、待て……まだ、戦いの決着は……」
「戦いの決着……?? 僕は、無駄な決闘をしない主義なんだ」
シュティレドは悪戯めいた笑みを浮かべ言い返すと、黒鱗翼を大きく羽ばたかせる。
続いて……ドルチェも、背中の小さな黒鱗翼をパタパタと懸命に動かしはじめる。
そして、俺たちは……空中へと高く飛び上がる。
そんな光景を目の当たりにしているプルイドが、見上げてきながら叫ぶ。
「おい、まてっ!! オーブを……我は友と約束したのだ。お願いだ返してくれっ!!」
球体を持っているイリビィートは、無慈悲に響き渡る言葉を聞き流している。
次第にプルイドの声は段々と枯れていき……遂には、俺たちにギリギリ聴こえる声量で、力無く独り言を言い始めた。
「今だったら、まだ間に合う……。あの、翼に穴を開ければ……アイツ等は、落下してくるに違いない……」
と、不意に……シュティレドの右黒鱗翼の真上に、巨大で鋭利な氷塊が出現する。
この事態に、シュティレドは未だ気付けていない。
……え!? あの氷が刺さったら、確実に翼に風穴が開いてしまうよな!?
シュティレドへ、危険な現状を伝えようとするが既に……鋭利な氷塊は、翼を射抜く寸前の距離まで近づいていた。
氷塊の存在を伝えれたとしても……反応速度的に、シュティレドは攻撃を交わすことは、無理だろう。
ならば……今すぐ反応ができる俺が、なんとかしなければ!!
すぐに俺は、ズボンのポケット内へ左手先を突っ込み、ヒノキ棒を取り出す。
そして、
……氷には、炎だよな。
そんなことを思いながら、俺は……、
「うぉぉおおおおっ!!!!」
左手に握りしめた棒先から、高火力の炎を叫びながら放つ。
棒先から溢れ出る炎の塊は、物凄い勢いで、巨大な氷塊へとぶつかり合う。
刹那、先程まで存在していた氷塊の姿は、跡形もなく消え去った。
のだが……、
「うぉぉおおおお!?!? 熱っ!? イリナリ炎がっ!?!?」
俺が放った炎は消え去る事なく……シュティレドの右黒鱗翼の上へと、燃え盛りながら落下してしまう。
……あぁ、ヤバイことになった。
と、下の方からプルイドの声が微かに聞こえてくる。
「あぁ……我の氷が、又しても……」
続いて、セリカの騒がしい声が響き渡ってくる。
「あの炎とヒノキ棒は……今、炎を放った仮面の奴……もしかして、カナヤ!?!?」
……え!? ヤバイ、正体がバレちゃった!?
俺が内心焦りはじめていると……フェンがセリカに近付き、笑いながら大声で言う。
「いやいやいやいや、そんな訳ないだろう!! アイツは今、監獄島で囚われているんだぞ? それに、よく考えてみろ。アイツが、六魔柱と一緒に行動できるほど、強者だと思うか??」
……なんだろう。フェンへ対して、物凄い苛立ちを感じるんだが??
俺がイライラとしていたら、目前を飛行するシュティレドが大きな声で言う。
「それじゃあ……赤外線なんてもう無視して、雲海の上まで一気に向かうよ!!」
これを合図に、俺たちは一気に雲海の上まで上昇する。
そんな中、シュティレドが再び大きな声で言う。
「次の目的地は、【理想都市・アージニエン】。夜明けまでには到着するように、頑張ろう!!」
……え? 待って……一回どっかで、休憩とかしないで、このまま直で向かうの??




