4章 第10話
――目的場所へ到着するなり、ドルチェの左肩に右腕を置くユンバラに言われる。
「んじゃ、行くかっ!」
威勢良い声と元気ある笑顔は、俺の緊張感を多少に解してくれた。
と、
満面の笑みを浮かべるドルチェが、ピシッと右腕をイキナリ差し伸ばしてきて、
「んねっ、出発するから掴まって!!」
「お、おう……」
俺は少しばかり返答に困りつつも指示に従い、左手で差し伸ばされた腕を軽く掴んだ。
続いてユンバラが、ドルチェの左腕を右手で握る。
「それじゃあ、絶対に手を離さないでねっ!!」
ドルチェは左右を確認すると、背中から生えている小さな黒い鱗翼を懸命に羽ばたかせ始めた。
翼の羽ばたきが強まるにつれて、俺たちの足底は徐々に地面から遠ざかってゆく。
……うわっ、地面から足が離れる。
巨鳥に乗って飛行した事があったので、飛ぶのには多少の耐性があると感じていたのだが……、幼女の腕に捕まり宙ぶらりんで飛行するのは、相当ヤバかった。
小さな風が吹きつけてくるだけで、身体が大きく揺れる。
そんな恐怖や不安な気持ちとは裏腹に、飛行高度は段々と上がっていく。そして……あっという間に、雲海の上へと到達した。
不意に眼前に現れた大きな満月が、光り輝き俺たちを照らしてくる。
足下一帯には、雲海が終わりの見えない程に広がっている。
気を抜いてドルチェの腕から離れてしまったら、待っているのは『死』であろう……。
……すごく、怖い。
俺が更に不安な感情に駆られていると、
「おーい!! ペフニーズィへの道のりを把握しているのっ?」
後方から、大声で誰かに呼びかけられた。
瞬時にドルチェは、鱗翼を器用に動かしながらその場で停止する。
俺は風に身体を大きく揺さぶられながらも、声が聞こえてきた背後を懸命に振り返ってみる。
すると、大きな黒鱗翼を羽ばたかせるシュティレドが、視界に飛び込むように入ってきた。目前の景色をジックリ眺めてみると……シュティレドの両腕に、仲良く抱き抱えられるイリビィートとベジッサも確認できる。
呼び止めてきた者の正体は、シュティレドだったのだろう……。
それにしても、急に呼び止めてきてどうしたのだろう? 『道のりを把握しているのか?』っと、質問を投げ掛けてきていたが……、道のりを把握していなかったら、ボスであるシュティレドよりも先に、飛行をしていないだろう。
そんなことを思っていると、ドルチェがニッコリと笑みを浮かべながら言う。
「あっ、ペフニーズィの行き方わかんない……」
お前、俺を一体どこへ連れて行こうとしていたんだよ……。
ドルチェの言動に呆れていると、再び背側からシュティレドの大きな声が聞こえてくる。
「ドルチェ!! 僕が道案内するから、付いて来てくれないかい??」
滑舌が良く優しい言葉に対してドルチェは、
「うんっ! 付いていくぅ!!」
満面の笑みを浮かべながら、進行方向をクルリと真逆へ変えて、シュティレドのところへ向かい始める。
そんな中……ドルチェの左腕にしがみ付き、風に揺られているユンバラが、進行先と正反対の方角にツンと顎を持ち上げて、
「今夜は、満月だな……」
確かに背後を確認してみると、満月が見えるが……それがどうしたのだろう??
満月へ顔を向けながら疑問を抱いていると、不意に落ち着きのある声が聞こえてくる。
「……眠い」
口調などから、ベジッサの声だとすぐに判断できた。
この状況で眠いって……。
そんなことを感じながら、声の聞こえた方へ視線を移すと、抱き抱えられるイリビィートと目が合う。
少しばかり考え事をしているうちに、シュティレドの元へ到着したらしい。
と、
俺の真正面にいるイリビィートが、突然に悪戯めいた笑みを小さく浮かべて言う。
「急いでペフニーズィへと向かいましょう……」
「そうだね……」
シュティレドは、イリビィートへ一言の返事を返すと、直ぐに再び口を開いて、
「それじゃあ、全速力で向かうよ! ドルチェ、ちゃんと付いて来てねっ!!」
「うんっ!!」
ドルチェは元気よく返事をするなり、背中の小さな黒い鱗翼を激しく動かしはじめる。
次いでシュティレドも、激しく黒鱗翼を動かす。
……出発か。
そう思った直後、左隣のユンバラが大きく深呼吸をしだして……、
「今夜の作戦、絶対に成功させるぞぉおおおお!!!!」
声を荒げながら言い切った。
……なんだよ、暑苦しいな。というか、作戦の説明を全くされていないんだが……?
そこで、ユンバラへ聞いてみることにした。
「なぁ、俺……作戦の内容を全く知らされていないんだけれど……??」
首を傾げながら問い掛けると、ユンバラはすぐさま反応して言う。
「あっ、まだ説明してなかったな!」
なんだよ、説明を終えていたかと思っていたのか? もし俺が今、質問をしていなかったら……作戦を決行する時に、どうなってたんだよ??
色々と不満を感じる中、俺はユンバラの口元へ耳を傾ける。
「じゃあ、言うからな!」
その一声で、説明は開始された。
「えっと……はじめに、入国する時についてだが――……」
「入国する時……?」
ユンバラの言葉が一瞬止まるなり、俺は空かさず疑問に染まった相槌をいれた。
しかし……問い掛けは無視されて、説明はスラスラと進み続ける。
……この野郎。
なんか憎しみを感じるが……黙って説明を聴くか。聴き逃すと、大変なことになりそうだしな。
俺は決意すると、口を閉じて真剣な眼差しを改めてユンバラへ向ける。




